じょしせんっ!

がぶりろー

第1話「こんてぃにゅー」


ヘルメットが夕陽をはね返す。


肩には、それぞれ違う形の銃。


藍色のセーラー服の五つの影。


重そうなの、細いの、でかいの、小さいの。


同じ制服なのに、ぜんぜん同じに見えない。

八王子の夕陽は、まとめてじゃなく、

ひとりひとりを別々に照らしていた。


その中で、りんごみたいに赤い髪の少女が、

先頭をきって歩いている。

手にした木の棒をぶんぶん振り回しながら、

変な歌を歌っていた。


ららら あさだよ おきなさい


へるめっと ひびある だいじょうぶ


だんがん かぞえて いっこたりない


歌は途中でぷつっと止まる。

視界のはしで、きらっと光った。

左腕。裏側につけたデジタル腕時計。


【03:07】

───あ。


いつもだ。

新品でも、拾い物でも。

丸くても四角くても。

りんごが腕につけると、必ずこの数字になる。

そうなる。


「むー、また壊れたー」


背中のほうから、気の抜けた声に反して大柄な体格の子。歩くたびに、布じゃない音がする。

金属と樹脂が、ぶつかる音。

「りんごちゃん……時計、つけないほうがいいと思うの」


そうだね、と言いかけて、やめた。


あの日から、

太陽は何千回も沈んで、昇ってをくり返している。そのどれにも、りんごの知ってる“前”はない。


高台から見下ろす八王子の住宅地。

干されたままの布団。

割れた窓。

さびた物干し竿。

道のまんなかには、車じゃなくて、

四角いコンクリートのかたまり。

使われなくなったものばかり。


夕陽はそんなの関係なく、

地平線をじっと見つめるみたいに、

静かに沈んでいく。


「……わっかんない!」

りんごは、つい声に出した。


りんごたちは、そういう世代だ。

生まれたときには、もう壊れていた。

───闇っ子。


「ぶんたいちょーは、持たないほうがいいさ」

少し強い声が、間に割りこむツインテール。

りんごは、ちょっとだけ口をへの字にした。


「それより、着いたさ」

長房団地の、長房児童遊園。

短いシーソー。

半円の砂場。

ベンチがふたつ。

枯れた木。

ひとつだけの給水所。

りんご率いるクレープ分隊のお気に入り。


坂を上がると風呂のような砂場とベンチだけの長房第3児童遊園もある。


「喉カラカラ〜はやくはやく〜、ボクにおみずを〜」

「待ってよー」

長身で青髪の子と大柄な子が、長房児童遊園の給水所の方へ走る。残ったりんごと小柄の長髪とツインテールは長房第3遊園の方へ駆け上がる。


りんごは蛇口にかじりつく長身を見て、声をかけた。


「みんな、水はちゃんと入れてねー。

ちゃぽちゃぽしたら、見つかるから」


蛇口が、ぎゅうぎゅう回される。

でも、水は出ない。


「そんなあ……喉カラカラだよう……芳しくないね……」

「え、まじ?」


りんごも回してみる。

ぽと。

落ちたのは、水じゃなくて、

ただの、しずくだった。


「仁業女子学園の、国境まであと少しよー、がんばれーがんばれー!無理そ?」


答えを聞くより先に大柄な子が長身に自分分の水筒を渡した。


「はっ……!」

「女神ぃ……!」

「さまあ……!」


水筒を見るなり長身の子はその優しさを縋るように感謝を並べて水筒を手に取る。


ふふっ。

あっはっは、と。


気づけば、りんごが最初に笑っていた。

釣られるように、みんなも吹き出す。


あっはっは。

ふふふ。

ははは。


───その瞬間だった。

背骨の内側を、氷水が一気に流れ落ちた。

笑っているのに、胃の奥がひっくり返る。


「……っ」

りんごの膝が、音もなく折れた。


ぱん───


乾いた音。

遠い。けど、近い。


ぱん───


誰かがよろめいた。

土を踏み外す音。


ぱん───


撃ち返す銃声が、ばらばらに鳴る。

狙ってない。ただ、音の方向へ。

そのとき、声がした。

耳じゃない。

頭の奥。


『マタモヤ

 オマエハ

 オトナニ

 ナレナカッタ』


息が詰まる。


だだだだだだだだだだだだだ───


連射音。

住宅地に反響して、どこから撃たれてるのかわからない。


「なに、言ってんの!」

長い髪の、小柄な子。

いつもふざけてるのに、今は真剣な顔。


「撃たれて……ないよね? 立てる?」


肩を借りて立ち上がる。

その瞬間。

「―――っ!!」

小柄な子が悲鳴を上げ、崩れ落ちた。

太もも。

赤が、一気に滲み出る。

流れ弾。


考える前に、体が動いた。

【ぐろっく17】を引き抜き、音のした方角へ向ける。


狙いなんて、つけられない。

それでも、引き金を引いた。

撃たなきゃ。

撃ち返さなきゃ。

それが“正しい”気がした。


「相手は! 姫崎高校だよ! 腕章!」

ツインテールの子の叫び。

姫崎。

この区域の向こう側。

りんごはそれを聞いて拳銃を下げて叫ぶ。


「下れ!下れ!長房遊園前の、21棟と20棟の間! 通れる!」


長身と大柄が、迷わず走り出す。

りんごは小柄な子を引きずった。

ツインテールが、後ろで援護する。

「なんで襲うの!? そっち側付近ですら…ないのよ……!」


【えむ4】の咆哮が、言葉を掻き消した。

棟の間に入ろうとした、その瞬間。

ガードレール越しに、影。

夕陽を背負って、立っている。


「あれ……は……」

ツインテールは一瞬、気を取られてしまった。


遅い。


次の瞬間、影が動いた。

矢みたいな光が走って、

ツインテールの体が、跳ねた。

倒れる音。

二度と立たない倒れ方。


「おいて……かないで……」

その声は、もう届かなかった。


だめだ。


もうすぐだ。


これ以上、死なせるな。


死を、無駄にするな。


りんごは棟の角を曲がった。


「二人は……どこ……」


答えは、すぐそこにあった。


数人の姫崎高校。


銃口。


外された装備。


制服だけになった、長身と大柄。


目が合った。


凍った目。


恐怖に震えている。


もう、助けを求める目。


りんごは、迷わなかった。

すぐ横の、空き部屋。

転がり込む。


「いやあああ!! なんで!!」

「やめて……お願い……!」


銃声が、二つ。


壁の向こうで、終わった。


部屋の奥で小柄な子と身を寄せる。


急に、重たい。


まぶたが、落ちる。




─────────。


部屋に残っていたのは、傾いたテーブルと、脚の折れた椅子だけだった。

りんごは座った。座ってしまった。

立っている理由が、もう見つからなかった。


入口から月の光が差している。

白くて、静かで、やさしすぎた。


弾倉を数える。

【えむ4】が五。

【ぐろっく17】が三。


眠った。

起きた。

また眠った。

そのたびに、顔が違う気がした。


髪が、指に引っかかる。

頬が、硬い。

鏡はない。


だから、確認できない。

確認できないまま、夜だけが進む。


……見なきゃ。


そう思ったのか、思わされたのか、もうわからない。


りんごは入口のほうを向いた。

夜だ。

音がない。

足音だけが、夜闇に響いた。


一人ずつ、運んだ。

軽かった。

思っていたより、ずっと。


南浅川まで降りて、土を掘った。

手が震えて、うまく掘れない。

それでも、埋めた。


罪悪感じゃない。

後悔でもない。

空白だ。

なにも、埋まらない。


生きなきゃ、と口に出してみる。

声が、変だった。

誰の声か、わからなかった。


戻ろう。

仁業に。

空き部屋に。

そう思った、その瞬間。


───胃が、縮んだ。


寒い。


違う。


これは、寒さじゃない。


足が、止まる。


命令していないのに。


月光の中に、影が立っていた。


高い。


長い。


近い。


肌が、白い。


血の色を、知っている白さだ。


ブリーフ一丁。


それだけ。


手に、なにかを持っている。


水の音がする。


違う。


滴っている。


「……オトナ」


声が、裏返った。


「こらぁ……」


低い声。


優しそうな、声。


間違える声。


「コドモがさあ……夜は、いけないって、教えたよねえ?」


一歩。


月光が、手の中を照らした。


ヘルメット。


赤い。


中に、あった。


考えが、止まった。


止まったまま、体だけが後ずさる。


「ねえ」


呼ばれた。


逃げた。


走る。


足が、地面を叩く。


呼吸が、数えられない。


「いいねえええええ!」


笑い声が、背中に張りつく。


「鬼ごっこだぁ!」


速い。


速すぎる。


視界が、裏返る。


「───つかまえた」


指が食い込んだ。

爪じゃない。関節そのものが沈み、骨の位置がずれたのが分かった。


反射で腕を引こうとして――

「――――ッ!!」


息が先に抜けた。

意味のない音が喉から漏れ、声になる前に潰れた。


遅れて、痛みが爆ぜた。

「ア゛……ァ゛ッ!! ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!!」


喉が勝手に開き、肺が空になる。


叫びが高く裏返り、音程だけが暴れた。


「ひとりだねえ」

耳元で声が鳴った瞬間、


肩の奥で、ぶちりと音がした。

「ギッ――!!」

声が詰まり、途切れた。

次の瞬間、別の声が押し出された。

「イ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」


引き抜かれた。

違う。

引きちぎられた。


肩口の皮膚が裂け、筋肉がほどけ、


白い骨が一瞬だけ月光を反射した。


腕はまだ視界にあった。


「ァ゛……ァ゛……ッ……!」


喉が震える。


息が吸えない。


音だけが擦れる。


だがもう、感覚がない。


ただ、重さだけが残っている。


遅れて、


血が噴いた。


「――――――――――ッ!!」


声にならない。


肺が空のまま戻らない。


「さっきねえ、君、決めたよねえ?」


浮き上がった足から何かが滴る。


数拍遅れて、それが血だと分かった。


「仕方ない、って」

視界が揺れる。

腕だったものが、地面に落ちた。


べちゃ、と

肉の塊が潰れる音。

「ァ……ァ……ッ……!」

喉がひくりと鳴っただけだった。

膝が折れた。


折れた、というより支えを失った。


「いいよ」

顔が近い。

口元が裂けるほど笑っている。

「おやすみ」


後頭部を掴まれた。


「や……や……っ……!」

声が掠れ、途切れ、


言葉になる前に崩れた。


指が、髪じゃなく


首の付け根の隙間に入る。


次の瞬間――


「ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ――!!」


声が最大まで張り上がり、


途中で切れた。


世界が裏返る。


背骨が引き抜かれる感触は、


痛みじゃなかった。


中身を持ち上げられる感覚だった。


喉が開いたまま、


空気だけが漏れる。


「――――――――――」


音にならない断末魔。


視界が暗くなる前、


自分の体が前に倒れるのが見えた。


首のない、


まだ温かい胴体。


地面に転がり、視界の端に埋葬した、墓と。


あの子の生首と目が合った。


『マタモヤ』


声が、頭の奥で割れる。


『オマエハ』


視界が点になる。


『オトナニ』


最後に聞こえたのは、


濡れた音だった。


『ナレナカッタ』


そうして、山吹りんごは死んだ。




……んん……んっ……

ジリリリリリリリリリリリリリ

……まだ……いい……その……

ジリリリリリリリリリリリリリ

…………うう……う……んん……


「おーきーなーっ!りんご!」


「はは、はい!!仁業女子学園1年C組クレープ分隊隊長!山吹りんごであります!!」


「んん…」


寮の、部屋には隊の全員がいた。

小柄な子、大柄な子、長身の子、ツインテールの子。


「もう、うちの隊長さんはまったく、ほら、時計鳴りっぱさ!」


「うーん……」


夢?かと思われた。でも、すごく痛かった……。


鳴りっぱなしの目覚まし時計に触れた、瞬間だった。


短針と長針がものすごい速さで動き出した。


「げげっ、なぁにこれえ!」


8時前後だった目覚まし時計は

【03:07】を差した。

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