第2話:偽りの暴露スピーチ

会場中の視線が、一点に注がれる。純白のスポットライトを浴びてマイクの前に立った義姉、篠田由香里さんは、まるで舞台女優のような優雅さで会場をぐるりと見渡し、にこりと微笑んだ。その完璧な笑顔に、招待客たちは期待を込めた温かい拍手を送っている。私だけが、その笑顔の下に隠された毒を知っていた。


「皆様、本日は弟・健太と、そして新たに私たちの家族の一員となってくれた美咲さんのためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。姉の篠田由香里と申します」


淀みなく、鈴を転がすような美しい声。彼女は一度、言葉を切ると、高砂に座る私たちの方へ優しい眼差しを向けた。いや、正確には健太くんだけに、だ。


「世界で一番可愛いと思っていた私の弟が、こんなにも素敵な日を迎えるなんて。姉として、本当に、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです」


そう言って、由香里さんはハンカチでそっと目頭を押さえる。その仕草に、親族席からは「まあ、由香里ちゃん…」と感動したような声が漏れた。完璧な演技だ。誰もが、弟の結婚を心から喜ぶ、愛情深い姉の姿を信じて疑っていない。健太くんも、少し照れ臭そうに、でも嬉しそうに姉を見つめている。


心臓が早鐘を打つ。大丈夫。これは想定内。亜矢たちと何度もシミュレーションした通り。これから彼女が何を言うのかも、おおよそ見当はついている。私たちのプランBを信じるのよ、私。そう心の中で必死に自分に言い聞かせる。


由香里さんは深呼吸を一つすると、再びマイクに口を近づけた。先ほどまでの華やかな声色とは一転し、憂いを帯びた、か細い声だった。


「ですが、皆様…。本日、このおめでたい席で、大変申し上げにくいことではございますが…姉として、どうしても皆様にお伝えしなければならない真実がございます」


その一言で、会場の空気が一変した。和やかだったざわめきがぴたりと止み、フォークとナイフが皿に当たる音すら聞こえなくなる。来た。ついに、始まったのだ。私はテーブルの下で、ドレスの生地を固く、固く握りしめた。


「私は、弟の健太を心から愛しております。だからこそ…純粋で、人を疑うことを知らない弟が、深く傷つけられるのを見て見ぬふりをすることは、どうしてもできませんでした」


由香里さんの声が震え、その大きな瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちる。悲劇のヒロイン。ああ、なんて陳腐な脚本。けれど、その陳腐な嘘が、今この瞬間、真実の力を持ってしまっている。頭では冷静に分析している自分がいるのに、身体は正直だった。全身から血の気が引いていくのが分かる。


「健太と美咲さんの交際が始まった頃から、私はずっと不安でした。健太は美咲さんのことを『穏やかで心優しい人だ』と私に紹介してくれましたが、私の目には、どうしてもそうは映らなかったのです」


隣で健太くんが「姉さん…?」と戸惑いの声を漏らすのが聞こえた。彼の会社の同僚や上司たちが、いぶかしげな表情でこちらを見ている。悔しい。どうして、私の人生で一番幸せな日に、こんな思いをしなければならないの。


由香里さんは涙を拭うと、決意を固めたように顔を上げた。その視線が、真っ直ぐに私を射抜く。それはもはや、隠すことすらない、明確な敵意と軽蔑の色を帯びていた。


「皆様はご存知ないでしょう。美咲さんが、過去にどのような交友関係を築いてこられたのか。そして、彼女がどのような目的で、私の弟に近づいたのかを」


会場が、大きくどよめいた。目的? 過去の交友関係? 予測していた通りの、ありきたりな中傷。なのに、言葉の刃は容赦なく私の心を抉ってくる。大勢の前で人格を否定されるという異常な状況に、呼吸が浅くなる。平気なふりをしようとしても、指先の震えが止まらない。


「私は、見てしまったのです。美咲さんが、私たちの知らない場所で、派手な身なりをして、多くの男性たちと親密にしている姿を。正直に申し上げます。彼女の男性関係は、決して褒められたものではありませんでした」


嘘だ。

心の中で叫ぶ。分かっていた。分かっていたはずのこと。でも、実際にその言葉を耳にし、会場中の好奇と軽蔑の視線を一身に浴びると、立っていることすら困難に思えるほどの衝撃が襲う。


「私は何度も健太に伝えようとしました。でも、恋に盲目になった弟は、私の言葉に耳を貸そうとはしませんでした。『姉さんの誤解だよ』と笑うばかりで…。私は、彼女が私たちの家柄や…健太の将来性、その財産を目当てに近づいたのではないかと、ずっと、ずっと疑っておりました」


金銭目的。その言葉が、私のプライドを根底から揺さぶった。

会場の空気が、困惑から不信へ、そして私への明確な非難へと変わっていくのが肌で分かる。スポットライトの光が、今はもう祝福の光ではなく、罪人を照らし出す尋問の光にしか感じられない。


助けて、健太くん。

私は祈るような気持ちで、隣に座る夫に視線を送った。友人たちのプランは完璧だ。でも、その前に、あなたの口から「美咲を信じている」と、たった一言でいいから聞きたい。それが、この屈辱的な時間を耐え抜き、胸を張って反撃するための、何よりの力になるから。お願い、今ここで、私の手を取って。


しかし、健太くんは激しく動揺していた。姉の剣幕、涙ながらの告発、そして会場の異様な雰囲気。そのすべてに圧倒され、ただ狼狽えるばかり。私の視線に気づいた彼は、一瞬、困惑したように目を泳がせると、気まずそうに俯いてしまった。


その瞬間、私の心の中で何かが音を立てて砕けた。それは、希望ではなかった。彼への、最後の甘えだったのかもしれない。

ああ、そうか。この戦いは、やはり私と、私の友人たちだけで戦い抜かなければならないのだ。健太くん、あなたにはまだ、私と一緒に戦う覚悟はできていなかったのね。


失望が、冷たい怒りとなって全身を駆け巡る。

もういい。あなたに期待するのはやめた。

悲しみよりも、煮え滾るような怒りと、すべてを台無しにされた悔しさが勝っていた。涙は一滴も出なかった。ただ、奥歯をぐっと噛みしめる。


「お父様、お母様、本当に申し訳ございません」

由香里さんは、今度は健太くんのご両親に向かって深々と頭を下げた。ご両親は顔面蒼白で、世間体を気にするお母様は、わなわなと唇を震わせている。その目は、完全に私を憎むべき敵として捉えていた。


スピーチの締めくくりに、由香里さんは再び私の方へと向き直った。その目には、先ほどまでの涙の跡はなく、代わりに底知れない勝利の輝きが宿っていた。


「ですが、結婚式はもう始まってしまいました。弟が選んだ人です。私は…姉として、この結婚を見守るしかありません。ただ、ただ願うばかりです。美咲さんが、これまでの行いを悔い改め、今後は篠田家の嫁として、恥ずかしくない人間になってくれることを」


それは、慈悲深い勝者が敗者に与える、最後の情けの言葉のようだった。だが、その言葉の裏にあるのは、「お前の素性はすべて暴いてやった。これからは私の監視下で、犬のように従順に生きろ」という、残酷な宣告に他ならない。


「本日は、このようなお話をしてしまい、皆様の気分を害してしまったことを心よりお詫び申し上げます。すべては、純粋な弟を思うがゆえの、姉としての苦渋の決断でございました。ご清聴、ありがとうございました」


由香里さんは完璧な一礼をすると、静まり返った会場の中を、毅然とした足取りで自分の席へと戻っていく。その背中は、悲劇のヒロインであり、正義の告発者として、誇らしげにさえ見えた。


満足げに席に着いた由香里さんが、私を見て、小さく、そして確かに、口の端を吊り上げた。その勝ち誇った顔を、私は虚ろな目ではなく、燃えるような瞳で、まっすぐに見つめ返した。


いいわ、由香里さん。今は笑っていなさい。

でも、覚えておいて。あなたのショーは、まだ前座に過ぎない。本当の主役は、これから登場するのだから。

私はテーブルの下で握りしめていた拳をそっと開き、静かに、反撃のゴングが鳴るのを待った。

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