第9話 影の国に、名を与える

 戦は、終わった。


 狐火は消え、夜の村には焚き火の明かりだけが残っている。倒壊した家はなく、死者もいない。だが、空気だけがはっきりと変わっていた。


 ――ここは、もう「ただの村」ではない。


 俺は、村の中央に立っていた。


 影縫かげぬい

 名を持たぬ雑妖だった存在は、今や“影の国”の核だ。


「まず、戦後の処理をする」


 俺の言葉に、鬼も妖狐も耳を傾ける。


 命令ではない。

 だが、無視できる声でもない。


 長老が、ゆっくりと頷いた。


「よかろう。ここからは“国”の話じゃ」


 俺は、妖狐衆へ視線を向けた。


 九尾の首領――【ミズハ】が、一歩前に出る。


「敗北は認める」


 その声は、誇りを失っていない。


「だが、妖狐は従属だけを良しとせぬ。役目が欲しい」


 俺は即答した。


「それでいい」


 影が、静かに揺れる。


「この国に“無駄な存在”は要らない。役目を持て」


 妖狐たちの間に、ざわめきが走った。


 俺は続ける。


「まず、ルールを決める」


 地面の影が、円を描く。



【影の国・基本律】


一、名を奪わない

一、強制契約をしない

一、国の内での争いは、裁きを通す

一、外敵への対応は、全体で決める


「これを破る者は、敵だ」


 静まり返る。


 【ミズハ】が、ふっと笑った。


「……悪くない」



 次に、役割を決める。


「妖狐衆は、力も知恵もある。前線だけに使う気はない」


 俺は、【ミズハ】を見据えた。


「お前は――」


「分かっている」


 彼は、自ら名を口にした。


「【ミズハ】。

 妖狐衆首領にして、影の国・外交と諜報の統括を担おう」


 影が、その名を受け取る。


 ――《役職契約やくしょくけいやく、成立》。


 続いて、妖狐が二体、前に出る。


 一体は細身で目つきが鋭い。


「我が名は【カガリ】。戦場を知る」


「ならば――」


「外征・迎撃部隊長だ」


 狐火が、わずかに赤く灯った。


 もう一体は、白い尾を持つ妖狐。


「【シラユキ】。幻術と結界を得手とする」


「なら、結界・防衛管理を任せる」


 二体とも、深く頭を下げた。


 妖狐衆は、ただの“配下”ではなくなった。


 国の機能になったのだ。



 鬼火小僧おにびこぞうが、隣で呟く。


「……すげえな」


「何がだ」


「戦って勝つより、よっぽど大変そうだ」


 俺は、少しだけ笑った。


「だから、国なんだ」


 鬼も、妖狐も、同じ円の中にいる。


 名を呼ばれ、役目を持ち、居場所を得る。


 影が、以前よりずっと重い。

 だが――崩れない。


 【ミズハ】が、最後に問いかけた。


「影縫。国の名は?」


 俺は、少し考えた。


 そして、答える。


「影のかげのくに


 単純で、嘘がない。


 影に縫われ、名を持つ者たちの国。


 焚き火が、ぱちりと鳴った。


 戦は終わった。

 だが――


 物語は、ここからが本番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る