第6話 器を探す影

 朝は、静かに訪れた。


 焚き火の灰が冷え、村に薄い霧が立ち込める。鬼たちはそれぞれの仕事へ戻っていったが、その動きはどこか慎重だった。昨日の“異変”を、皆が覚えている。


 ――俺の限界。


 影縫かげぬいである俺は、村外れの岩陰に身を潜め、自分の影を見つめていた。


 輪郭が、まだ不安定だ。


 契約は維持されている。

 鬼火小僧おにびこぞうも、【トウマ】たちも、繋がりは切れていない。


 だが――重い。


 名を持つ妖怪たちの存在が、影の奥で常に脈打っている。誇り、恐れ、願い。それらを抱え続けるには、俺はあまりにも小さかった。


「……器、か」


 長老の言葉を思い出す。


 ――まだ“雑妖”の器のまま。


 鬼火小僧が、隣に腰を下ろした。


「なあ、影縫」


「なんだ」


「おまえ、消えたりしないよな?」


 直球だった。


 俺は、少し考えてから答える。


「分からない」


 鬼火小僧は目を見開き、苦笑した。


「正直すぎだろ」


「嘘は、縫えない」


 それは本心だった。

 契約は力だが、同時に信頼でもある。ここで虚勢を張れば、いずれ影が裂ける。


 鬼火小僧は焚き火の跡を見つめ、ぽつりと言った。


「長老はさ、“器は広がるものだ”って言ってた」


「どうやって?」


「知らねえ。でも……」


 彼は、村を見回した。


「名前を呼ばれるたび、俺たちは強くなる。守られるって、そういうことなんじゃねえか」


 名。


 妖怪にとっての、存在の核。


 俺は、はっとした。


 これまで俺は、数で器を測っていた。

 何体契約できるか。どこまで抱えられるか。


 だが、本当に必要なのは――


「……関係、か」


 数ではなく、深さ。

 縫う数を増やすのではなく、縫い目を強く、広くする。


 それが、器を広げる道かもしれない。


 だが、その答えに辿り着く前に――

 影が、揺れた。


 冷たい感覚。


 甘く、鼻につく妖気。


 ――来た。


 俺と鬼火小僧は同時に立ち上がった。


「狐だ」


 森の縁。霧の向こうに、細い影がある。人の形に近いが、尾の気配が隠しきれていない。


 影の中から、声がした。


「……なるほど。影の国、とはよく言ったものだ」


 姿を現したのは、一体の妖狐ようこ

 若く、痩せているが、妖気は鋭い。


「安心しろ。今日は、戦いに来たわけじゃない」


 狐は、細く笑った。


「我らの主に、伝えるために来ただけだ」


 視線が、俺に向く。


「――影を縫う妖怪が、国を作り始めた、と」


 霧が、風に流れる。


 妖狐は一歩、後ろへ下がった。


「次は、もっとちゃんとした者が来る」


 そう言い残し、影の中へ溶けていく。


 静寂が戻った。


 だが、もう村は以前と同じではない。


 俺は、影を握りしめる。


 器を広げる時間は、

 もう、残されていなかった。

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