納豆の姫
ネバリーナと暮らすようになってから、数週間が経った。
この間に、街の様子は一変した。
瓦礫が撤去された道を、納豆兵が我が物顔で闊歩している。
先日の攻撃で戦争が終わったのだ。
今後、朝食の白ご飯に乗るのは納豆であり、もう卵が乗ることはない。
「……何か考え事? 卵丸?」
「う、うん。でも何でもないよ!」
ボクが応えると、ネバリーナはボクの手を握る力を少し強めた。
伝わってくる優しさに、黄身がムズムズする。
色々考えなきゃいけないことがあるけど、近頃ボクの頭はネバリーナのことでいっぱいだ。
いつだって目で追ってしまうし、ネバリーナの笑顔が見れたら、他のことはどうでも良いと思ってしまう。
ボクと卵太郎の家に来てから、ネバリーナは笑うことが増えていった。
気を許してくれた証のようで、嬉しかった。
ネバリーナがよく笑うようになった頃、卵太郎が家から出ていった。
元々、卵太郎にはお母さんと二人の弟が暮らす家がある。
これまでは戦争孤児であるボクのために、一緒に暮らしてくれていたのだ。
ボクにとって卵太郎は親友であると同時に、家族だ。
……だから、出来れば出ていって欲しくなかった。
いや、うーん……分からない。
卵太郎が出ていったので、家でボクとネバリーナは二人っきりだ。
当然関わる時間は増えたし、ますます仲良くなった。
……昨晩なんて、ついに、キ、キッキキ……キキキスキスキス——
「——なんだとキサマ!」
キス魔じゃないよ!
確かに何回もしちゃったけど、決してそんな……
「卵丸! あれ!」
「……え? ……あれは
ボク達の前方で、小さな卵と納豆兵が対峙していた。
小さな卵の名は卵三郎。
卵太郎の、まだ幼い弟だ。
「お前達みたいな悪い納豆さえいなければ、父ちゃんはいなくならなかったんだ! 母ちゃんだって毎日泣かなかった! 全部お前達のせいだッ! 早くこの街から出ていけッッ!!」
「……ッ! このガキ……ッ!」
いけない!!
納豆兵は腰に付けていた
ボクはネバリーナの手を離し、駆け出した。
「卵三郎ッッ!!」
別の道から駆け寄っているのは卵太郎だ。
お母さんと買い物中、目を離した一瞬の出来事だったのだろう。
——ダメだ、間に合わない——ッ!
「お待ちなさいッッ!!」
力強く、威厳を感じる女性の声が辺りに響いた。
……ネバリーナ……?
「なッッ!? ネバリエッタ様!?」
ネバリーナは普段被っていた布を取り、顔を晒している。
納豆兵はその顔を見るなり、慌ててハンマーをしまってネバリーナの方へ駆け出した。
——何をする気だッ!
「……ん? なんだキサマらは……」
ボクと卵太郎が納豆兵の前に立ち塞がっていた。
納豆兵の目的が分からない。
ただ、良いやつではないのは確かだ。
「その方々は私の命の恩人です。無礼のないように」
「ハッ!」
ネバリーナの声に、ビシッと敬礼する納豆兵。
ボクには事態が分からない。
「それにしても、こんなところにいらっしゃったとは……皆探しておりました」
「……そう。では、私を父の元へ案内しなさい。貴方のような無礼者が街に放たれた理由を訊かねばなりません」
「うッ……かしこまり……ました」
そのまま、納豆兵と共に行こうとするネバリーナ。
……え? ちょ、ちょっと待っ……
「……待て。俺達も連れて行け」
「……なぜですか? 卵太郎さん」
「嫌な予感がする」
「………………分かりました」
卵太郎も納豆兵に続いて歩き出した。
ボクも行かなきゃ……!
このまま何も分からないままなんて嫌だ!
ネバリーナはボクの横を通り過ぎる時、一瞬立ち止まって言った。
誰にも聞こえない、小さな声だった。
「……短いけど、幸せだったよ。……卵丸、大好き」
ハッと振り返ると、ネバリーナはすでに前を歩いていた。
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