第8話 地下倉庫
アルスタッドのあちこちで火の手が上がる。
献槍隊の連中が火をつけて回り、略奪を始めたのだ。無情にも多くの人が犠牲になっていく。
騒ぎに気付いたヴィル達は、家族三人とマガスとですぐに地下倉庫に隠れていた。
すると、何者かが店舗に入って怒声を上げる。
「おう! 雑貨屋! いねえのか!?」
他の三人の制止を振り切って父親が店舗へと向かった。
そこには一人の盗賊くずれが居た。怒りと勢いに任せて飛び出してしまったが、もしかすると何とかなるかもしれない。
「ここに娘がいるだろ? もうこんなんだから、あの上玉が死ぬ前に寄越せよ」
平気で下衆なことを言う。
「娘を渡す親がいる訳ないだろ!!」
思わず金属製の棒を握り締めながら悪漢に詰め寄る。すると、悪漢は躊躇いもなく父親の頭を鈍器で強打した。まるで糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちる。
「おいおい、お父さんはそれで終わりなのかぁ!?」
盗賊が煽るように叫んだ。
そして、地下ではマガスとヴィルが制止するにも関わらず、母親が信じられない力で振り切って飛び出した。
「あなた!?」
店舗で父親を見て母親が言葉を失う。
「不思議なことに上玉の両親ってのは、だいたい、ご丁寧に出てきてくれるんだよな。どう考えても悪手なのによ」
悪漢がニヤニヤしながら呟いた。
「こんの!!」
母親がなりふり構わず突っかかる。
「いや、ちょっと、やめろよ!」
しつこい上に想像以上の力で押してくる。手加減をしていたら壁まで追い込まれ、背中が壁に着いたら予期せず熱い。
「熱っ! くっそっ!!」
執拗な押し込みと熱とで苛立ちから、つい本気で押し返して、鈍器で薙ぎ払うように強打してしまう。
「ざけんなっ!」
頭が横へ飛び、そのままの勢いで床へと崩れた。
「ああ、もったいない……母親もなかなかの玉だったのによ。力といい魔法といい、母は強しというヤツなのかねぇ」
状況にそぐわない軽口を叩く。
「娘が居るのは確定だな。さぁて、娘ちゃんはどこかなぁ?」
倫理の片鱗も感じさせない悪漢が、店舗から奥へと向かっていく。
地下倉庫では、マガスがヴィルを物陰に隠れるように指示し、入口と同じ側の壁に背中を張り付けていた。
ヴィルは震えていたが、マガスだって震えている。心音がやたらうるさい。壁の向こうからでも位置がわかってしまうのではないか、と不安になってしまう。
「娘ちゃーん、どこだぁ? お父さんもお母さんも、もう行っちゃったぜぇ」
落ち着くよう、自分に言い聞かせる。覚悟を決めるよう、自分に言い聞かせる。怒りも抑えるよう、自分に言い聞かせる。
きっと一人だ、二人以上ならもっと早いはずだ、なんとかできる。何度も何度も自分に言い聞かせる。
やがて、静かに扉が開き、ランタンの光が差し込んでくる。
盗賊の頭が入ってきた瞬間、見渡す視線がすぐにこちらを捉える。剥き出しの悪意が即座に向かってくる。
速い!
だがマガスも負けてはいない。相手が振りかぶった時には頭部を挟むように手をかざしていた。
バチィッ!!
全力の閃光が貫く。
盗賊が無機物のように崩れ落ちた。そんな簡単にできることじゃないんです、ヴィルのあの言葉が頭の中に響く。
横たわる悪漢を見下ろしながら、マガスは手の震えを止めるかのように拳を握った。
*****
盗賊の姿を見せないようにしながら、マガスはヴィルを地下室から連れ出した。だが、残念ながらそれに意味はなかった。
「お父さん! お母さん!」
ヴィルは両親に縋るように抱きつき、号泣しながら何度も繰り返し叫び続ける。ヴィルの頭に、様々なことが湧いてくる。
もっとちゃんと止めれば良かった。
雷の魔法で守れば良かった。
自分が大人しく出ていけば良かった。
雷の魔法に手を伸ばさなければ良かった。
アルスタッドを出て進学すれば良かった。
何もかも自分のせいという、自責の念が頭の中をかき回し、言葉にならない悲しみが胸を締め付ける。
それでも、次第に号泣はすすり泣きに変わり、叫びは呟きへと弱まっていく。
「ヴィル、ごめんね。僕は行くよ」
すっと立ち上がったマガスが告げる。
「え……マギー……どこに?」
ヴィルに言いようのない喪失感がよぎる。
「異端と言われようが、暴走と言われようが、僕が全力でやる」
マガスが静かで強い決意を口にした。悲しみとは違う何かがヴィルの胸を圧迫してくる。
「駄目……そんなこと、しちゃ、駄目……」
憎い。あいつらが憎い。それはそうだけど、違う、そうじゃない。
「もう、遅いよ。僕は力を使ってしまった」
「違うよ……マギーが、進んでやるのは、違うよ……うまく言えないけど……」
ヴィルも立ち上がり、涙ながらに訴える。
「でも……」
「雷貫砲!」
ヴィルがマガスの言葉を遮り腕を掴む。
「私も手伝うから……雷貫砲で、追い払おうよ」
そんなに上手くいくかは、という言葉をマガスは飲み込んでしまう。そうせざるを得ないほどの気迫がヴィルにはあった。
次の更新予定
力とその一閃 遠井 椎人 @shiet-noizs-tauyi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。力とその一閃の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます