第7話 はびこる異端

 実感の薄い社会不安を余所に、雷貫砲の効率を上げる一環として、発射時の同期にも工夫をしてみた。


 ヴィルが力の源泉となり、マガスが制御しつつ力を貸す、という構造になっている。もっと具体的に言うと、ヴィルは雷位の構築に集中し、マガスが雷流を流し経路を補正し磁線で弾道を整える。二人の出力を最適化させるには、発射時に同期をとったほうが良い。


 そこで、手を繋いだ状態で微弱雷流とも呼ぶべき信号を二人に通すことにした。雷流の始点をマガスの左手の傍にして終点をヴィルの右手の傍にする。こうすることで、雷流がマガスの体を経由し、マガスの右手とヴィルの左手を通過し、ヴィルの体を抜ける。


 雷流が通ることで、二人の間でわずかな痺れが共鳴する。その刺激による反射で、二人同時に魔法を発現させることができた。


 細かい雷流の調整が必要だし、ほぼ同時に雷貫砲に魔法を作用させなければいけないため、トリガーはマガスにしかできなかった。


 また雷貫砲とは別に、砲身など物理的な支台なしで銅球を空中発射することも試してみた。これはかなり困難であった。タイミングが難しいし、弾も指先よりずっと小さく摘むといった感じの大きさのものしか使えなかった。


*****


 暑さが日常になってきた頃、アルスタッドの教会に通達が届いた。


 町の雰囲気を一変させるその通達は、中央教団からいくつかの組織を経て、アルスタッドへとやってきた。


 従来通りの信仰を続けるとともに、はびこる異端には断固として屈しないこと、という旨が記されており、はびこる異端として複数のものが挙げられていた。その中に、自然の摂理に反して雷を使う不埒者が含まれていた。


 あくまでも多数の中の一つではあるし、名前で指定されている訳ではないが、雷の魔法によりマガスとヴィルが異端とされていたのだ。


*****


 程なくして献槍隊を名乗る集団がアルスタッドに入ってきた。


 誰の胸にも赤いシンボルが掲げられている。開いた右掌を原型として、鳩の形を模して、親指が頭部で残りの指が閉じた翼、といったデザインだ。


 もっとも、そんなシンボルや献槍隊という名前とは裏腹に、どう見ても教団が金で雇ったも同然の盗賊集団だった。


「異端がいるから町を救うよう、上から頼まれましてね」


 一団の頭目らしき人物が、中央教団による献槍隊としての訓令書を持っている。こうなると教会は逆らえない。


「こう見えても、私はメーデルシア様には最低限の儀礼を払いたいタイプなんですよ」


 一団の頭目に少しなりとも信仰心があるのかわからないが、教会の代わりといわんばかりに、教会にほど近い司祭館を一団で占拠した。


 アルスタッドの警備隊も表立っては献槍隊に手を出せない。


*****


 夜も更けた頃、警備隊の女性が一人、こっそりと孤児院を訪れた。


 その女性はマガスを別の場所に移すと言う。


「あなたがマガスね。手筈は整えてあるから、コレットさんの地下倉庫に移動して」


 その女性はリナータ・マルセスと名乗った。マガスが名前を耳にするのは初めてだが、何となく警備隊として見たことがあるような気がする。


 彼女に連れられるように、二人で闇夜に紛れて町を移動していく。


「リナータさん。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「あら、レナでいいわ。それに歳も大して変わらないみたいだから、畏まらずに普通に話して」


 気さくな態度で接してもらえるのはありがたいが、状況が状況なので畏まらずにはいられない。


「本当にこんなことをして問題ないのですか、あーいや、大丈夫なの?」


「ふふふ、ほとんど説明していないのに、聞きしに勝る聡明っぷりね。大丈夫よ。あんな連中、メーデルシア様が許しても町の皆が許さないわ」


 レナの口調には静かな怒気が含まれているように感じられた。


「でも、あいつらが面倒を起こす口実にされないように、今は匿われておいて。孤児院にとってもそのほうが安全だしね」


「ありがとう……レナだけでなく、他の皆もありがとう……」


 胸に温かいものを感じながら、マガスは呟くように言った。


「ほら、もう着くわ。コレットさんにはちゃんと御礼を言っておいてね」


 レナはヴィルの両親に挨拶をすると、颯爽と去っていった。マガスはヴィルの両親に深謝の意を伝え、不安そうなヴィルに目配せをして地下倉庫へと入っていった。


 所在なく床に座る。たった今雷撃で火を灯したランタンが、地下を仄暗く照らしていた。


*****


 息苦しい緊張感の中で、献槍隊の無法が目立つようになる。


 そんな中、ついに事故が起きる。中等学校の女子生徒が不注意で悪漢にぶつかってしまい、悪漢が襲い掛かるように迫ろうとしたのだ。


 間髪入れずに、男子生徒が守るように体当たりをする。


「メリーに何をする!」


 体格差はあるが、不意打ちが功を奏してよろけさせることができた。


「ああん!? ガキがふざけんな! ゴラァッ!!」


 盗賊もどきが体を立て直すと、凶器を振りかざして二人を威嚇する。しかし、更なる介入が来た。


「それは無法が過ぎる」


 一人の青年が、抜刀しながら間に入ってくる。


「なんだお前、その恰好は警備隊か? 俺は献槍隊だぞ?」


「いくら献槍隊でも、そんな無法が許される訳ないだろう」


 盗賊は静かに凄むが、青年も一歩も引かない。


「俺は警備隊のジョン・マルセス。警備隊の名に懸けて、アルスタッドでの狼藉は許さない」


 ジョンが、二人の生徒にその場を去るように合図を送る。そして、二人が離れるのと入れ替わるように、盗賊連中と警備隊が数人バラバラと集まってくる。


「おやおや、これはこれは。警備隊が信仰に逆らうとは、頂けませんね」


 例の頭目が前に出てくる。警備隊からも、隊長がジョンを下げながら前に出る。


「すみませんね、うちの若いのが何かやらかしましたか?」


 下がったジョンに、別の年配の隊員が耳打ちする。


「ここは俺達で何とかするから、二人ほど連れてすぐに教会に行け。教会関係者を逃がすんだ。ただし、衝突するまで連中には手を出すな。もし衝突したら遠慮はいらん。お前ならやれるはずだ」


 ジョンは頷き、静かにその場を離れて角を曲がる。一旦立ち止まり、剣を収めて憤る心を落ち着かせるよう努める。


 そして教会への一歩を進めたその刹那、背後から打撃音と金属音が響いてきた。

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