第5話 その倫理
雷の魔法の実用を考えると、どうしても武器での利用が先に来てしまう。
二人が自ら周囲に言っているように、天然の脅威である雷を、生かすようなものがそもそも存在しない。そうなると、雷撃にもなかなか用途が見当たらないのだ。
もちろん、ランタンを点火した時のように、加熱の代替になるものもある。加熱作用としては強いくらいだし、閃光も照光として強い。ただ、いずれも効果が継続しない。瞬間的な現象で終わってしまう。
結果として、武器での利用を考えるのが現実的、ということになってしまうのだ。
一方で、ヴィルは暴力的なこととして否定的な反応を示した。
「私は、正直に言うと、武器とか人を傷つけるようなことは考えたくないな……」
「そうだね、僕もこの魔法を使って暴力的なことをするのは、良くないと思ってる。ただ、どんな力となり得るかは、知っておく必要があると考えているんだ」
ヴィルの顔に不安と不満、そして疑問が入り混じって現れる。マガスは続けた。
「残念ながら、現時点では実用性がなかなか見えないんだ。でも、殺傷能力に転化させることは簡単そうに見える」
「うん……それはわかる……」
「そうすると、選択肢は二つだと思う。ひとつは、僕らがこの魔法を一切使わなくすること。もうひとつは、僕らでこの魔法で出来る範囲を調べてみること」
「使わなくするほうはわかるけど、調べるほうはどういうことなの?」
「もし、僕ら以外に雷の魔法を使える人が現れたらどうなるか、それを考えてみよう。その人が力を平和的に使おうと努めるタイプなら問題はない。けれど、もし平気で悪用する人だったら、誰も対抗に仕方のわからない使い方をする人だったら、大変なことになると思う」
「それは、確かに……」
「自衛策でもあるんだよね」
マガスは次のように伝えた。
力の上限や可能性となるものを知っておくのは、非常に重要である。抑制するための手段を考察する知見となる。これは第三者が使う時の備えであると共に、マガスとヴィルの相互抑制という意味もある。
現状は何とか誤魔化せているものの、周辺から追及されるに至ることもありうる。その時、鉾と盾をきっちり示すことができることが、自分達への信頼の強い屋台骨になるはず。
実用的な応用への足掛かりとしての知見にもなるので、それも示すことができれば先の屋台骨は更に強固になるはず。
ここまで話すと、マガスが言葉のトーンを変えた。
「実は、僕がヴィルを巻き込んだ形になって、とても申し訳ない気持ちがある」
思いもよらない話に、ヴィルは少し驚いてしまう。
「あの時、僕が誘わなければ、ヴィルがこういうことに悩んだり、不安になることもなかったかな、と思ってる。そのことについて謝らないといけない。ごめん」
「あ、いやいや、全然そんなことは無いよ」
ヴィルが慌てて否定する。
「もちろん、今みたいな話に不安はあるよ。でも、自分でも魔法が使えて、それが少しずつ上達していくのは、嬉しい気持ちがあるの。マギーに感謝しているくらい」
ヴィルがそう言うと、両掌を胸の前にかざして少し集中する。バチッと火花が散った。以前よりも明るく、そして不思議と温かいもののように感じられた。
ヴィルが照れくさそうに頭をかく。それにつられたのか、感謝していると言われたためか、マガスも気恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
「あれ? もしかして、マギー、照れてる?」
「あー、いや、そうじゃなくて、茶化さないでよ」
顔を赤らめるマガスも見て、ヴィルが悪戯っぽく笑う。
「いやー、結構かわいいところあるんだね」
「あーもう、とにかくね!」
マガスが必死に立て直そうとする。
「僕も偉そうなことを言ったけど、魔法でどこまで威力が出せるのか、という好奇心があるのは否定できないから……ってちゃんと聞いてる?」
「うん、聞いてるよぉ。二人でちゃんとやっていこうって話だよね。マギーが暴力に走らないよう信じてるし、私も抑えられるよう頑張るよ」
ヴィルがにこにこと微笑みながら言った。
「真面目な話なのに……」
話がちゃんと通ったのはわかるが、マガスには釈然としないものがあった。
*****
「お二人さん、調子はどうだい?」
マガスとヴィルが雷撃の練習しているところへ、カールがやって来た。
「町はずれで練習するのも大変そうだな。頼まれたものを持ってきたぜ」
カールがそう言いながら、肩にかけていた袋を指し示した。
「カールさん、いつもありがとうございます。コソコソするような真似にも付き合ってもらって、本当に助かっています」
マガスが御礼を言うのに合わせて、ヴィルも謝意を示す仕草をする。
「なあに、良いってことよ。マガスの注文はちょっと変わってて、端材で色々やってみるのが良い練習になってるよ。オヤジさんも、そういう試行錯誤を推奨している節があるしな。おっと、邪魔になるか?」
「いえ、丁度休憩しようと思っていたところです」
マガスがそう答えると、三人が思い思いに座る。カールが練習がてらと、マガスが頼んだものを金属で成形して作ってくれているのだ。
「小さな球をいくつかと、それが通るような二本の平棒のレール、こんな感じで良かったか?」
「ああ、これは本当に良い造形ですね。ありがとうございます」
マガスが確かめるように、何度も球をレールの間に通している。ヴィルは、まるでおもちゃで遊ぶ子供みたいだ、と思ったものの、口には出さなかった。
「喜んでもらえたようで何よりだ。そう言えば、雷撃とか、あと磁線か? それも抗魔作用ってあるものなのか?」
「あ、それは私が教えてあげます。説明できるようになったんですよ」
ヴィルがなぜか得意気に言ってくる。
「生命には自己防衛があって、魔力干渉を拒否します。だから、人体に直接的な熱作用をすることはできません。これが抗魔作用です。まずこれで良いんだよね、マギー?」
ヴィルの確認に、マガスが微笑みながら頷く。
「実は、雷の魔法にも磁石の魔法にも、抗魔作用が効くんです。人工的な抗魔作用だって同じ効き方をします」
ヴィルはまるでフフンとでも言わんばかりだ。
なるほど、ヴィルもちゃんと理解するよう、マガスが教えているのだろう。カールはそう納得し、続けて質問してみた。
「ふむ。でも雷なら、人に近くに出して当てたりできるんじゃないか?」
「もちろん、やろうと思えばできます。でも、熱作用よりも操作感覚が複雑で、そんな簡単にできることじゃないんです。あ……私が言っても当てにならないか、あははは」
「なんだよ、最後が締まらねえなぁ」
郊外の優しい風が、三人の笑い声を優しく撫でた。
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