第一章
第1話 魔力の大きさ
ヴァイサーヴァルト王国はファスダルグを王都として、ファスダルギーネ家によって統治されてきた。人々は、加熱もしくは冷却する力である魔法を使いながら、生活を営んでいる。
生命活動により生み出されるエネルギー、魔力によって魔法が発現され、熱を集めて加熱し、熱を排除して冷却を行う。魔法を使う際、熱作用をすると同時にそのエネルギーの一部を物理的な力に転換することもできる。こうした力は、生活での利用だけにとどまらず、加熱もしくは冷却した鉄球を飛ばすなど、武器にも利用されることもある。
魔力は誰しも必ず持つものであるが、魔法に対する適性は千差万別で個人差がある。運動に対する得手不得手と同様に、魔法を使うのは苦手という人達もいる。
*****
王都ファスダルグから離れた地方に、アルスタッドという都市があった。
アルスタッドは、都市とは言うものの農業従事者も多く、町と表現するほうがしっくりくるような、のどかな地方都市である。
そこにヴィオネール・コレットという少女が暮らしていた。両親は雑貨屋を経営しており、愛称でヴィルと呼ばれている。普段は茶色に見える虹彩が明るい光を受けると黄色に映える。
ヴィルが中等学校にて進路適性を探っている時、巨大な潜在的魔力を持つ可能性が浮上した。
「ヴィオネールさん、これまで突発的に大きな魔力を発動した経験はありますか?」
魔力検査の担当者が、書類を片手にヴィルに聞いてきた。
「大きな魔力、ですか? うーん、そんな記憶はないです……初等学校の時から今でも、魔法の授業ではどっちかというと平均以下みたいな感じです」
検査担当者が、もう一度書類に目を向ける。
「そうですか……例えば、驚いた時に何かを溶かすくらい高熱を発生させてしまったとか、突発的な事故のような時に物にひびが入るくらい冷却させてしまったとか、そういうことはなかったですか?」
「いやぁ……どんくさいほうなので、そんなことは全然なかったですね」
改めて自分のことを説明して、なんだか恥ずかしくなる。
「なるほど。検査の結果からすると、あなたは潜在的に膨大な魔力を持っている可能性があります。ただし、今回の検査では詳細がわかりません。もちろん、人並の魔力だったということもありえます。いずれにしても、詳細な検査をやってみることにしましょう」
「えぇ……私が、ですか?」
青天の霹靂である。
日常生活での加熱や冷却も、大して役に立たない程度でしか魔法を使えないのに、大きな魔力があるかもしれない、といきなり言われても驚くほかない。
そこから慌ただしくなってきた。大きな都市の魔法高等学校から、教授が訪れて検査が繰り返される。見たこともない検査器に、加熱したり冷却したりと、よくわからないことが続く。
本人の慌ただしさを余所に、ヴィルの進路を巡り、周辺はあれこれと言い始めた。大都市の魔法高等学校に進学するだの、王都ファスダルグの王立アカデミーに一気に行けるだの、勝手なものである。
中等学校まではどこの町や村にもあり、学問も魔法も雑多に学ぶ。高等学校からは細分化され専門化された方向に進む。分野としては、一般的な学問、いくつかに分化した応用魔法、研究魔法、戦闘術などがある。
そうした中で、魔法エリートとして進学できるかもしれない、という単なる好奇心でしかない。
しかしながら、残酷な結果が待っていた。
各種の検査が繰り返されるも、はっきりとした魔力量を推し量ることもできず、またそれを裏付けるような魔法の発露も観測されることがなかったのだ。
ヴィルを取り巻く魔力量の喧騒は、急速に収まっていった。
「やっと全部終わったよぉ……」
ヴィルが呆けた様子で、両親に疲労を訴える。
「お疲れ様。どっちつかずで悩む必要もなく、はっきりして良かったんじゃないか?」
「あら、あなた、ヴィルはヴィルとしてやれることをやってみただけなのよ。色々と疲れたでしょうけど、それはそれで良かったのよ、きっと」
父親も母親もヴィルを慰める。
「これで心置きなく、地元の学問高等学校に進学できるようになったから、まあいいか。でもさ、エストブラン製マジックポットって、勝手にあだ名をつけるのはちょっと酷いよね?」
ヴィルがおどけながら憤ったような言い方をする。
エストブランとは、シンプルなのに見るものを圧倒する装飾品が名産の地方の名前で、ヴィルに直接の縁はない。
「まあ、別に怒ってる訳じゃないけど……」
やれやれと言わんばかりの虚脱感を示すヴィルを見て、両親は思わずクスッと漏らしてしまった。
*****
季節は巡り、寒さが終わって次第に暖かさを感じ始めていたある日、ヴィルは母親の手伝いで一緒に馬車で配達をしていた。
アルスタッドの周縁部に加工施設が集まるエリアがあり、親と一緒にヴィルも顔を出すと、職人の反応が良くなることが多いのだ。
「いつもありがとうございます!」
とある加工場での配達が終わり、ヴィルが元気に去り際の挨拶をする。
「どうもな! またよろしく頼む!」
「それでは失礼します」
職人達の掛け声に母親が丁寧に応える。
二人で馬車に乗り込もうとした時、ふとヴィルが何かを感じて町の外に視線を移す。ヴィルはあまり直感的なものに敏感なほうではないと思っていたが、この時は何かを感じた。
「ねえ、お母さん、あそこ見て……」
ヴィルが思わず指差した先には、外套というか、くたびれた布とでも言うべきものを被った人影が見えた。
「あら? 誰かしら?」
人影がフラフラとこちらに向かって歩いてくるが、そのまま倒れ込んだ。
「倒れちゃったよ! 助けなきゃ!」
慌てて母親と一緒に駆け寄ると、その倒れた来訪者はヴィルと歳が近そうな少年であった。とりあえず馬車に乗せ、家に連れて帰って少年を介抱することにした。
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