第2話 雷の魔法

「あ、気が付いた?」


 ヴィルが店舗から裏にある居間に入ると、少年は簡易ベッドの上で半身を起こしていた。


「私はヴィル。ヴィオネール・コレットっていうの。あなたの名前は?」


 少年は不思議そうな表情でゆっくりと周囲を見渡す。年齢はヴィルと同じか少し上といったところだろうか。


 少年はヴィルに視線を戻し、不安そうに恐縮しながら言った。


「いや……ごめんなさい……よくわからないんです……」


 少々面食らってしまったが、余計な動揺を与えても気の毒だと思い、母親も一緒に話を聞くことにした。


「あら、そうなんだね。お母さん呼んでくるから、ちょっと待ってて」


 三人で話をしてみたところ、少年は記憶が曖昧で、どこから来たのかわからないと言う。また、気が付いたら、直感的にここに向かっていたとも言う。


 持ち物から名前が「マグシオン・クァエ」らしい、ということだけはわかった。とりあえず「マガス」と呼ぶことにして、ヴィルの家でしばらく世話をすることにした。


 しかしながら、各種の知識や通念といったものは頭にあるものの、自身に関する記憶はなかなか思い出せずにいた。コレット家でずっと生活させるのも難しいため、町にある孤児院に打診してみたら、すぐに受け入れてもらえることになった。年齢不詳ながらも、自立前ということで受け容れてもらえた。


 孤児院は町によって運営されており、教会からも各種支援が提供されている。また、ボランティアによる町の人々の手伝いもあった。孤児院は、町の中心から少しはずれたところに位置している。すぐ近くに教会を中心とした小さな広場があり、おそらく、かつてアルスタッドが拓かれる時に中心となった場所なのだろう。


 ヴァイサーヴァルト王国では一神教が信仰されている。女神メーデルシアが慈愛で人を支え導きを示してくれる、というシンプルな教義を旨としている。魔法は女神様が我々に与えてくれたもの、とされている。信仰の程度には個人差があるものの、ほとんどの人が緩い信仰で道徳感の一部という感じである。


 のどかな地方の町で、緩やかな信仰のもと、マガスの生活が動き始めた。


*****


 いつの間にか、ヴィルはマガスを「マギー」と呼ぶようになっていた。


 ヴィルの両親は雑貨屋として孤児院に出入りしているし、時折ボランティアにも参加している。また、ヴィルが雑貨屋の手伝いとして孤児院を訪れることもある。そうしたことから、マガスとヴィルは親交を深めていった。


「今日は何の本を読んでいるの?」


 日差しから陽気を感じるようになってきた頃、マガスが孤児院の中庭のベンチで本を読んでいると、ヴィルが休憩がてら隣に座ってくる。


「魔法加熱論みたいな本だよ」


 中庭では、初等学校に通うくらいまでの小さな子供達が遊んでいる。マガスがそのちょっとした見守り役をする一方、ヴィルはボランティアとして子供達と戯れていたところだ。


「マギーって、本当によく本を読むよね」


 ヴィルの言う通り、マガスは暇や疑問があれば、町の図書館をよく利用していた。


「うん。新しいことを知ったり、知っていたことが整理できたり、そういうのは面白く感じるね」


「おぉぅ……私の知らない感情ってヤツかな?」


「ははは。ヴィルのボランティアは助かるって、皆が言ってるよ。僕では真似ができない気がする」


 社交的で明るいヴィルと対称的に、マガスは物静かで理屈っぽい話し方をする。その一方で、理知的な雰囲気を纏っていて、決して自身を一方的に押し込むことはなく、相手も尊重するような物腰であった。


「なんかね、お父さんやお母さんと違って、私は子供達と遊ぶだけのほうが多いんだよね。それで良いのかなって思うけど、皆がそれで良いって言うから、もう楽しむことにしてる」


 こうして話をしている間にも、時折子供がヴィルに手を振ってきたりする。


「こう見えても、老若男女問わず人受けは良いんだよ」


「こう、見えて……も?」


「ん? もしかして疑ってる?」


「あー、いや、そうじゃなくて……」


 マガスは、穏やかな物腰で理知的な姿勢があり、態度も勤勉で真面目という、典型的な優等生然とした様子であった。そしてそれは町の人から好意的に評価されている。


 各種の善意もあってマガスは町に溶け込んでいき、畑仕事や加工作業などで手伝いのようにして働き口を得ていった。


*****


 マガスが木材加工場の手伝いの一環で、ヴィルの両親の店に縄を取りに来た。


 あいにく店頭在庫がなく、ヴィルと二人で地下倉庫に取りに行くことになった。地下倉庫の入口まで来たところでランタンはあるけど火打石が無いことに気付く。


「あれ? ランタンはあるけど火打石がないや。私じゃ着火できないから取りに戻るね」


 魔法で着火する人もいるが、ヴィルではそこまでの加熱ができないので、火打石を取りに戻ろうとする。しかしながら、マガスがそれを制した。


「あ、ちょっと待って。試してみたいことがある」


 マガス自身もよくわからないが、なぜか出来る気がした。ホヤを外してランタンを挟むように手のひらをかざして集中する。


 バチッと音がして閃光が走り、ランタンの芯に火がつく。何かの刺激が体を走り抜けた気がした。


「あ、点いた……マギー、何をしたの? 魔法?」


「うまく説明できないけど、雷をイメージしたら出来たんだ……」


「ああ、確かに雷みたいだったね」


 そう、マガスは魔法で雷を撃つことができたのだ。少なくともヴィルは雷の魔法なんて聞いたことがなかった。マガスは朧げな記憶として、ある時天啓のように体に何かが伝わった気がしたと言う。


 何とも言い難いのだが、マガスには不思議な力を使えるという感覚だけはあった。それが今、閃くようにやってみたら小さな雷が出た。普段は理屈っぽい話し方をすることの多いマガスとしては、珍しく直感的な話だった。

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