力とその一閃

遠井 椎人

プロローグ

プロローグ

 街道にぽつんと建つ教会があった。


 視界に赤味の挿す夕暮れ、ジョンとレナが息を潜めて石壁の影を進む。二人は、教会の宿泊所へと忍び寄っていく。


 付近には町も村もなく、おそらく巡礼の中継地点となる教会なのだろう。そんな教会で大して盗るものもないだろうに、献槍隊とは名ばかりの悪漢どもが入り込んでいた。


 連中の人数や状況は、既に昼に調べてある。ジョンが、壁に傷を付けない程度の攻撃で衝撃を与える。


「何だ!? 何があった?」


 盗賊まがいの連中が騒ぎだした。


「我らは不当な異端とされた真の信仰者集団だ! 我らは信仰を乱す輩を許せない!」


 ジョンが高らかに叫ぶ。


(兄貴もこの口上を楽しんでるように見えるんだよね……)


 レナが呆れつつも、音をたてながら建物から離れていく。ジョンも引き付けを意識しながら離れる。


「なんだと!? ふざけやがって!」


「おい、あそこだ!」


 一団が出てきたことを確認して、ジョンもレナも走りだす。そうしておびき出した先に、大剣を持った大男のカールが待ち構えていた。


「オーケー、来い!」


「待ち構えて喧嘩を売ってくるとはいい度胸だ! なめんなよ!」


 輩連中が怒り心頭でかかってきて戦闘が始まる。


 そうして武器と武器がぶつかり合う音が響く中、少し離れた場所で少年と少女が密かに待ち構えていた。大砲と言うには小ぶりで、砲身が二本の平棒で構成された、雷貫砲と呼ばれるものが既に準備されている。


 二人は手を取り合い、少年マガスが少女ヴィルに合図を送る。


「予定通りだ。行くよヴィル」


「うん」


 マガスの魔法によって二人の体に微弱雷流が通る。それに反射するように、ヴィルが砲身に雷撃を当てると同時にマガスが制御の磁線を作る。


 ビリッと閃光が見えた次の瞬間には、高速の銅球が戦闘場所近くの岩に向かって射出される。


 轟音と共に岩が砕けた。


「一体何だ!?」


 一団が仰天して取り乱す。これもほぼお決まりの反応だ。カールが大剣を肩に預けて威圧的に仁王立ちして言った。


「次はちゃんと当てるぜ」


 カールが更に歩み寄る。


「う、噂には聞いていたが、これが例の砲撃か!?」


「くっ! 逃げろ!」


 悪漢どもは口々に驚きや恐れの言葉を吐きながら退散していった。


 このように、献槍隊を倒すというより退ける方向で動いていた。痕跡を刻むことができるし、真っ向から対峙していくよりリスクが小さい。そして何より必要以上に傷つけないで済む。


 こうして、またひとつ戦闘が終わり、義勇軍との接触を目指して進む。


*****


 故郷のアルスタッドを旅立って、どれくらい経っただろうか。


 ヴィルはぼんやりとした気持ちでキャンプの焚き火を見ていた。今日は戦闘もなくのんびり歩き、日没後に街道から少し入った場所でキャンプを張った。


 ふと見ると、荷物を降ろされたロバが横たわっている。そして、その横にレナが寄り添うように座り、ロバを優しく撫でている。


 カールは横になっているものの、時々立ち上がって体を動かしたりしている。あれが彼なりの休憩なのだろう。


 ジョンとマガスは二人で時折身振り手振りを混ぜながら話をしている。単なる雑談なのか何かの議論なのか、あの二人は話し込むという点においては相性が良いみたいだ。


 絶え間なく揺らぐ炎が明暗を織り交ぜながら皆を照らす。過ぎた日々が頭を巡る。


 くたびれた布を被って現れたマガスが倒れた時は驚いた。地下倉庫でランタンを灯した閃光は印象的だった。坂道にボールを転がすことを想像してやっと小雷を出せた。そして、カールさんがいつものように色々と手伝ってくれた。


 でも、それが町の蹂躙を引き起こしてしまった。両親が犠牲になり、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、無我夢中で勢いに任せるようにマガスと共に力を振るった。そして、皆と町を出た。


 あの直後は、思い出したように取り乱したこともある。でも、今はそのように激しく動揺することはなくなった。だからといって、決して何かを得心した訳ではない。


 ジョンとマガスの声、何を言っているのかは聞き取れない。雑然とした人の音が、焚き火に混じって耳に入ってくる。


 整理はつかないものの受け入れることだけはできた、と言えば聞こえが良いかもしれない。実際には考えないようにしているだけ、とも言えるかもしれない。


 今はカール、ジョン、レナもいる。そしてまた献槍隊を追い払った。これが正しいと言えることなのか、正直よくわからない。でも、皆と進んで行くことができるのだ。


 うまく魔法を使えず、大きな魔力があるだのないだの言われて騒ぎになっていたのが、ついこの前のことのようにも感じるし、ずっと昔のことのようにも感じる。


 思わずクスッと漏らすと、パチリと爆ぜる音がした。

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