第4話 誰にも言えない理由
最初にやったのは、証拠を消すことだった。
主人公は、帰宅してすぐスマートフォンを手に取った。
第3話で録画していた動画。
卓上ライトが、何も繋がれていないのに点灯する映像。
再生してみる。
映像の中で、ライトは確かに光っている。
自分の手は触れていない。
編集の形跡もない。
――完璧だ。
完璧すぎて、背筋が寒くなった。
「……ダメだろ、これ」
彼は迷った。
研究者に?
友人に?
ネットに?
どれも、考えた瞬間に“その後”が見えてしまう。
疑われる。
囲われる。
取り上げられる。
あるいは、信じられずに笑われる。
どの未来も、ろくでもない。
彼は、動画を削除した。
確認もせず、完全消去。
ゴミ箱の中まで空にしてから、ようやく息を吐いた。
だが、消したのはデータだけだ。
現象そのものは、何も消えていない。
彼は部屋を見回した。
点灯していない卓上ライト。
いつも通りの家具。
静かな空間。
なのに、世界が“信用できない”。
何かが起きる前の現実には、もう戻れない感覚。
PCを起動するかどうかで、十分ほど悩んだ。
だが、結局スイッチを入れてしまう。
怖いから見ない、という選択は、
もうできなかった。
ゲームを起動する。
非公式パッチは、相変わらず静かに動いている。
《同期率:0.02%》
ほんのわずかな数字。
それが、昨日より増えている。
「……成長要素かよ」
冗談めかして呟いたが、笑えない。
もし同期率が上がる条件があるなら。
それは、使った回数か、影響の大きさか。
つまり――
使えば使うほど、取り返しがつかなくなる。
彼は、マウスから手を離した。
今日は、何も使わない。
そう決める。
だが、決意はあまりにも脆かった。
スマートフォンが震える。
電力会社からの通知だ。
「使用量確認のお願い」
本文を開く。
“昨夜、短時間ですが通常と異なる電力使用が確認されました”
短い、事務的な文章。
だが、心臓が嫌な跳ね方をした。
「……もう?」
気づかれるのが、早すぎる。
たった一度、ライトを点けただけだ。
それでも“異常”として記録される。
彼は、ようやく理解した。
この力は、
誰にも見られずに使えるものじゃない。
どこかで、必ず痕跡が残る。
だからこそ、言えない。
友人に話せば、試せと言われる。
家族に話せば、心配される。
専門家に話せば、管理される。
選択肢は、すべて“失う未来”に繋がっている。
彼は、椅子に深く座り直した。
「……知らなかったことにできたらな」
本音だった。
非公式パッチを入れなければ。
あのスレを開かなければ。
だが、時間は戻らない。
ふと、画面の端に小さな通知が表示された。
《ログ更新》
クリックする。
《外部観測ノイズ:検出》
《推奨:使用頻度を下げてください》
「……観測?」
誰が?
何が?
質問は、浮かぶだけで答えはない。
ただ一つ分かるのは、
“使うな”という警告が、内部から出ているという事実。
彼は、背中に冷や汗を感じた。
これは、ただのバグじゃない。
ただのチートでもない。
そして何より――
自分は、もう一人じゃない可能性がある。
PCの電源を落とし、部屋の明かりを消す。
暗闇の中で、彼は目を閉じた。
眠ろうとしても、脳は休まらない。
誰にも言えない。
誰にも頼れない。
その恐怖が、
ゆっくりと、確実に、彼を追い詰め始めていた。
翌日、匿名掲示板に書き込まれた一文が、
彼の視線を釘付けにする。
「使わない方がいいぞ。それ」
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