Ⅰ.リズ―最後の生命の妖精
静寂。
夜の闇に溶け込んだ、ゆるやかで冷たい風。
少しだけ、頬を刺すような感触。
目を閉じて、リズは想う。
あれは、いつのことだったのだろう。
ラフェリアのこと。
ノエルのこと。
ゼールのこと。
……そして、たくさんの生命の妖精たちのこと。
遠い遠い昔のような感覚がする。
幼い頃の記憶のように。
それでも、絶望に近い悲しみが胸を刺す。
昨日のことのように。
彼女たちの笑顔。
言葉。
声。
優しさ。
愛情。
恋。
そして――最期。
ラフェリアは風〈ウィンディア〉を愛した。
ノエルは雪〈スノーウィ〉を。
ゼールは海〈シーア〉を。
愛して、彼らを守り、そして消えていった。
「生命の妖精」と呼ばれる彼女たちは、
奇跡の惑星・地球〈アース〉の、
もうひとつの奇跡だった。
地球の自然の神秘から生まれた、
「地球を守る者」。
さまざまな治癒能力を持ち、
生命の危機にある者さえ救うことができる。
ただしそれは、
愛した者ひとりだけを、
自らの生命と引き換えに……。
リズには、わからなかった。
なぜ、それほどまでに愛せるのか。
なぜ、自分が消えてしまうとわかっていて、
相手を助けたいと思えるのか。
不思議でたまらない。
そして、
なぜ生命の妖精は、
愛した者のために消えていくしかないと、
決められているのだろう。
どうして、ラフェリアも、ノエルも、
自ら進んで消えてしまったの?
もちろん、
ラフェリアもノエルもゼールも、
ほかの仲間たちも大好きだ。
彼女たちが生命を渡した、
風〈ウィンディア〉も、
雪〈スノーウィ〉も、
海〈シーア〉も……
地球〈アース〉も、大好きだ。
でも、わからない。
好きだけれど、
自分が消えるなんて、嫌だ。
リズはリズだ。
リズは、恋なんてしたくない。
透き通り、
青白い月影を吸い込む、
リズの「生命の石」。
淡く、淡く、
とても優しいブルー。
リズの髪と、瞳と、同じ青。
リズの色。
地球〈アース〉にも似ていて、
それでも違う優しさを持つ、
リズの青。
一片の濁りもないそれは、
リズ自身の生命を表していた。
――今では、もう。
すべての者が、濁りを持つ。
生命への濁り。
それは、人間という生物の進化から始まり、
科学というものの発展が、汚染を進めた結果だった。
すべての生命の源、
地球〈アース〉の汚染。
それに伴う、自然の生命への影響――力の減少。
生命の濁りは、「奇跡」にさえ影響を与えた。
リズを最後に、新たな生命の妖精は生まれなかった。
それなのに、消えていく仲間の数は増えていき……。
ラフェリアが消えたその瞬間、リズは、最後の生命の妖精となった。
右手の甲の生命の石を、左手で覆うようにして隠す。
消えたくない。
そう思うのに、
純粋すぎる生命は、
かえって後ろめたい気さえした。
静かな夜は、哀しみを増幅させる。
瞳を閉じた先に浮かぶ、彼女たちの笑顔。
一緒にいられた、楽しかった時間。
「ラフェリア……」
名を呼ぶ。
遠い遠い時間を生きた、彼女の名と想いを。
――吐き出そうとした、その刹那。
リズの深い息が吐き出される前に、張りつめた緊張が、闇を切り裂いた。
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