冷泉ガラシャ失踪事件

 九野の親友である冷泉ガラシャが行方不明になり、彼女のペアである近衛文雪が九野の名前を叫んだ為、九野はただの傍観者では居られなくなった。

 プロムの会場である大講堂の天井には、煌びやかなシャンデリアや洋燈ランプが吊るされ、参加者は華やかな衣装に身を包んでいる。

 しかし、そんな会場とは対称的に、生徒達は重苦しい空気に包まれていた。

 先程まで賑やかだった会場は、今や生徒達の浅い呼吸音しか聞こえない。

 誰が冷泉を連れ去ったのか、まだ犯人はこの中に居るのか。

 ごくり、と誰かが息を呑む音が、静まり返った会場に響き渡る。

 自分以外の、全てのプロム参加者が信用出来なくなる生徒達。

 例えそれが、プロムのペアだとしても。

「ちょ、ちょっと!近付かないで!」

「少し当たっただけだろ!?」

「そんな、そんな……っ!」

「お前がやったのか!?」

 疑心暗鬼、人間不信に陥る生徒達。

「ね、ねぇ!菊華ちゃん…ガラシャちゃんはどこに居るの…… !?」

「…言っておくが、私は何も知らないからな」

 伊藤スミレが聞くと、九野はふるりと首を横に振り、きっぱりと言い切った。

「そ、そんなぁ…」

(……ん?あれは確か……)

 九野菊華は、1人の女子生徒に目を向けた。

 その女子生徒は、淡い桃色のマーメイドドレスを着て、更にはティアラまで付けている。

 なんと派手なのか。

「野乃ヴェリア玲音……だったか?」

 野乃ヴェリア玲音は、フランスと日本のハーフで、このプロムには一人で参加しているらしい。

 その野乃は、レースの付いた扇で口元を隠しているが、笑っているのか、肩が小刻みに震えていた。

(何がそんなにおかしいんだ?)

 野乃以外の生徒達は、皆顔が強ばっていたり、顰めていたりしている。

 その中で、ただ一人笑っている野乃は、明らかに浮いていた。

 何人の他の生徒も、ちらちらと野乃に視線を送り、友人らしき生徒と耳打ちし合っている。

 静寂に包まれている大講堂では、その会話すらも響いてしまう。

「なんであの人、笑ってるの?」

「確か、冷泉先輩といざこざがあったはずよ」

「近衛くんと冷泉ちゃんとの三角関係じゃなかった?」

「え、そうなの?」

「……ちょっと?言いたいことがあるなら、はっきり言ってちょうだい!」

 野乃の耳にも入ったらしく、キッと会話をしていた生徒達を睨みつけ、野乃が叫ぶ。

「言っておくけど、私は無関係よ!私に失礼なことを言ってみなさい!パパに言いつけてやるわ!!」

 ふんっ!と顔を背ける野乃。

 途端に黙り込む生徒達。

 野乃から目を逸らす生徒も居る。

(まさに虎の威を借る狐、だな)

 野乃は学園長の娘であることを利用し、好き放題している。

 学園長が後ろ盾に居る野乃を敵に回せば、どうなるか分からない。

 だから、生徒達は勿論、教師ですら野乃を止めることが出来ないのだ。

(私はああ言った人間が1番嫌いだ)

 ごくん、とマグロのステーキを飲み込み、九野はじっと野乃を見つめる。

(権力を盾にして、政治を思うがままにして……じいさまを殺した奴らと、何ら変わりない)

 チッ、と九野は小さく舌打ちをした。

 そして、野乃を見るのを止めた。

「ガラシャ、ガラシャはどこに行ったんだ……」

 嗚呼……と嘆く近衛を慰める取り巻き達。

 取り敢えず会場を観察するか、と九野は会場内を歩き始めた。

「……む?」

 大講堂には、パイプオルガンが中央に鎮座している。

 そのパイプオルガン付近に、冷泉が身につけていたルビーのイヤリングが片方落ちているのを、九野は気付いた。

「……」

 九野はしゃがみこんで、それを拾った。

 耳に嵌める部品には、べったりと赤黒い血が付着している。

 鉄のような臭いが鼻を突く。

 恐らく、冷泉が連れ去られた時にちぎれてしまったのだろう。

(せめて生きていれば良いのだが…)

 冷泉と私は、親友だろう。あの時、私達は本当の親友になれたじゃないか。

(それに、カフェ巡りの約束を果たしていないのにな)

 今度の日曜日に行こうね、と指切りをしたあの日

 冷泉とのティータイムは、疲れきった心が休まる気がするのだ。

 まあ、確かに冷泉は面倒くさい時もある。

 しかし、九野が素でいられる、貴重な存在。


『菊華ちゃんっ!』


 冷泉の明るい笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 失いたくない、無事でいて欲しい

 九野は、そんな柄にもないことを思い、神に祈った。

 その時、会場の照明が、一気に消えた。

「きゃぁぁあっ!!」

「な、なんだよ!?」

 大講堂が混乱と悲鳴に包まれる。

(犯人が動いたか)

 息を潜め、耳を澄ます九野。

 その時、イヤリングが落ちていた場所の近くにある職員専用通路の扉が、ギィ、と鳴った。

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次の更新予定

2025年12月29日 19:00
2025年12月30日 19:00
2025年12月31日 19:00

九野菊華はプロムの謎を解きたくない 中太賢歩 @YAMI_SAKURA

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