第6話 思想汚染

 装甲輸送車ベヒモスが停止したドックには、防護服と白衣を合わせたような制服を着た処理官プロセッサーが二人、テロリストを運ぶための拘束用ストレッチャーのハンドルを握りながら、無表情な顔で立っていた。


「識別名『フロスト0483』。分類『再教育レベルC』。受領します」


 ゼロ・セブンは、まるで汚れた荷物を渡すかのように、震える少女の手錠カフを解き、プロセッサーに突き出した。

「摂氏0度で移送した。状態は悪い。だがCO2排出源は中和済みだ」


 プロセッサーたちは、少女をモノのように掴み、ストレッチャーに雑に寝かせると、即座に全身を革のベルトで固定した。ギュッ、ギュッという革が擦れる音と共に、少女の自由が奪われていく。


「あ……」

 少女が、最後の抵抗を試みるように、拘束された手を必死に伸ばし、俺のアーマーの脚部を掴もうとした。だが、その指先は数センチ届かない。そして、彼女の目は、俺のバイザー越しの顔を、必死に何かを訴えるように見つめていた。


(――俺に、何を求めている?)


(俺は、GCAの執行官だ。お前を逮捕した男だ――)


(だが、俺は……)


 俺が、その視線に縫い止められたように動けずにいると、プロセッサーが舌打ちをした。

「バイタルが不安定です」

「まったく……アウトランドのテロリスト共は、いつもこうだ。再教育リプログラムの前に機能停止死亡したら、我々の手間が増える」


 彼らはストレッチャーを乱暴に方向転換させ、ドックから続く長い回廊の奥へと、キャスター音を鳴り響かせながら急いで搬送していく。やがて、少女の姿が白い光の中に吸い込まれた直後――ドォン……ッ! と重厚な隔離ドアが閉まる音が、辺りに響き渡った。


――ドックには、俺とゼロ・セブンだけが取り残されていた。


「……さて」

 ゼロ・セブンが、ゆっくりと俺に向き直った。その顔には、先ほどの嘲笑や怒りではなく、冷酷な『確信』の表情が浮かんでいる。

「貴様の『ノイズ』――あれは単なる疲労やストレスではないな、ゼロ・スリー」


「……」


「あれは『症状』だ。アウトランドのテロリストと接触しすぎた結果、発生する典型的な『思想汚染(コード10-17)』だ!」


 ゼロ・セブンは、自分の手首に巻いている腕輪型の端末アーカイブを操作した。直後、周囲に警報音が鳴り響き、『無菌照明』で白く照らされていたドックは、毒々しい回転灯によって、赤く塗り替えられていく。


「!!」

 俺は、本能的にゼロエミッション・スーツの腕に装備している『液体CO2噴射器ニュートラライザー』のグリップに手をかけた。


「無駄だ、ゼロ・スリー」

 ゼロ・セブンは、武器を抜くそぶりも見せず、冷ややかにわらっている。


「行政区域指令室。こちらゼロ・セブン」

 そして、彼は、壁に設置されたインターコムに向かって言い放った。

「ドックにて、思想汚染(コード10-17)発生。対象、執行官ゼロ・スリー」


認識アクノレッジ。コード10-17。対象ゼロ・スリー。ドックを完全封鎖ロックダウン浄化クレンジングチームを派遣する]

 インターコムから、合成音声が響き渡る。


浄化クレンジング……?」

 それは、違法なCO2排出源をするのとは違う。GCA内部の『裏切り者』を秘密裏にする際に使われる隠語だった。


「貴様はもう執行官ゼロ・スリーではない」

 ゼロ・セブンが、俺を『テロリスト』を見る目で断罪した。


「貴様は、GCAの教義を脅かす、最優先で浄化クレンジングすべきノイズだ!」


 視界の隅で、無機質な駆動音と共に、四方の壁から銃口がせり出してくるのが見えた。GCAの教義を守護するための、自動迎撃オートタレットだ。――俺は、自分が信じてきた『正義』によって、今や完全に包囲されていることを悟った。

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