第3話 摂氏20度の寒気
「……やめて……」
少女が、黒い
「……あなたの『手』……暖かい……」
その言葉に、俺は再び動きを止めた。俺のスーツが維持する『摂氏20度』が、凍えきったこの少女には、火傷するほどの熱に感じられているのかもしれない。
「――昨日、お姉ちゃんが凍え死んだの!――」
先ほどの叫びが、ヘルメットの中で反響する。
(……それがどうした)
俺は思考を強制的に断ち切る。
「GCA法 第11条違反により、連行する」
「待って……お姉ちゃんが」
少女が、部屋の奥にある、閉ざされたドアを見つめ、足を止める。
「お姉ちゃんが、まだ……あそこにいるの」
「死亡者は衛生局の管轄だ。追って回収班が処理する」
「いや――ッ! ここから、連れて行かないで!」
少女が初めて抵抗の意思を見せ、俺の腕にしがみついた。
「お姉ちゃんは、寒いのが嫌いだったの! お願い、お願いだから……!」
(……
(だが、HUD(ヘッドアップディスプレイ)に映し出された
「……確認する」
自分でも驚くほど低い声だった。俺は少女が見つめるドアの前に立つ。だが――ノブは完全に凍りついていた。ギギギ、と
中は、窓もない、さらに小さな部屋だった。スーツのヘッドライトが、闇を切り裂く。そこにあったのは、ベッドとも呼べない寝具の上で、ぼろ布にくるまれた、小さな何かだった。俺はライトの焦点を絞る。暗がりの中、視界に映し出されたのは――少女と同じくらいの――子供の横たわった姿だった。そして、その肌は、霜が降りたように白く、人間というよりは、精巧な氷細工のように見えた。
――HUDが自動でバイタルスキャンを開始する――
[スキャン記録:対象B(姉)] [バイタル:ゼロ(NONE)] [体表温度:-12.4℃] [推定死亡時刻:22時間前] [死因:低体温症(凍死)]
データが、少女の証言を残酷に裏付ける。『-12.4℃』、その数値は、生物が存在していい温度ではない。俺は、何も言わずに静かにドアを閉めた。
「……あ……」
背後で、絶望の吐息が漏れる。
(――これが現実だ――)
俺は自分に言い聞かせた。
「行くぞ!」
俺は自分の戸惑いを振り払うかのように、少女の腕を掴み、割れた窓からマイナス47度の死地へと踏み出した。装甲車まで2ブロック。抵抗はない――少女は、ただ凍りついた人形のように俺に従うだけだった。
――突如、HUDが、少女の急激な体温低下を警告し始めた――
[警告:対象のバイタル低下を確認。推定生存時間 約5分] [警告:心停止のリスク増大]
(……このままでは、移送中に死ぬ。囚人の死亡は、
俺は舌打ちをし、周囲に誰もいないことを確認した。しかし、当然だ。このブリザードの中、あらゆる生物が存在できるはずなどない。俺は腰のポーチから、『緊急用サーマル・ブランケット』を取り出した。これは、本来、俺自身が遭難した時に使うための代物だ。銀色のシートを広げ、作動ボタンを押す。化学反応による急速な発熱を確認してから、俺はそれを少女の全身に乱暴に巻き付けた。
[警告:執行官用アセットの私的流用]
HUDに不快な赤文字が明滅する。構うものか。俺は
「……?」
急速に伝わる熱に驚き、少女は薄く目を開け、俺のヘルメットの
――外気温、マイナス47度。スーツ内温度、摂氏20度。数値上は完璧なコンディションのはずだった。
しかし、その密室の中で、俺は初めて震えるほどの寒気を感じていた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます