6件目 苗字は絶対に譲りません!

✳︎


 自宅を目の前にすると、隣の一軒家にも明かりが灯っていた。


 沖田家にも人がいる。沖田はともかく、沖田の両親は居るって事だ。


 もう21時。


 こんな時間にインターホンを押したら迷惑だろうが、今日は許してほしい。

 いいえ、幼馴染なんだから許してください。


 勇気を出して呼び鈴を鳴らすと、すぐにおばさんの声と共に扉が開いた。


「あら」

「こんばんは。すみません、こんな遅くに」

「いいのよ。全然会おうとしない洋に痺れを切らしたんでしょう? 部屋に居るから。どうぞ」


 おばさんは話がわかる人だ。俺の顔を見て全てを察してくれる。


 お言葉に甘えてお邪魔すると、お堅いなおじさんも言葉少なに歓迎してくれた。


 2階にある沖田の部屋に迷わず向かう。

 廊下に仄かに香る石鹸の匂いに、胸がザワザワした。

 どうせ風呂上がりで、ベットに転がってるんだろう。


 覚悟して扉を開けた。


「沖田!」

「うわっ! ……なんだよ、うるさいな」


 久々に訪ねた沖田の部屋には本が山積みになっている。決して沖田が読まなさそうな、難しい本に付箋がついていて、手元にあるノートは真っ黒だ。


 一冊拾い上げてみた。芹沢さんの言う通り、どれも刀に関するものばかり。


 沖田は本気で刀鍛冶職人になりたいらしい。


「沖田総司の刀が欲しいってだけで、刀鍛冶を目指すとはな」

「どうせ芹沢って女に聞いたんだろ」

「ああ。前のバイトをクビになった理由も聞いた。今まで悪かったな」

「別に? アンタの事を財布だと思ってたのは本当だし。都合が悪くなったから利用しなくなっただけよ。なんの用?」


 沖田は落ち着いていた。寧ろ冷めていた。本を手に取り、勉強の邪魔だから消えてくれ、とも言いたげな態度。


 俺の顔を一切見てくれない。それが、とてつもなく怖い。


「沖田に冷たくしていた事を、謝ろうと思って……」

「あっそ。冷たくされたなんて思ってないから。ていうか、アンタ彼女が居るのに他の女の家に入って来ていいの? 芹沢に泣かれるからやめてくんない? 面倒くさ」

「なんで芹沢さんが泣くんだよ」

「ウッザ、アンタの彼女なんでしょ? この間、アンタに結婚しないって言われた後にそう言われたの。土方と付き合ってるからこれ以上付き纏うのはやめろってね」

「なんだそれ!」


 事実無根だ。


 芹沢さんが沖田にそんな事を言っていたのか。だとしたら会わなくなる筈だ。苗字通りの女だな。クソ女。


 沖田の顔は呆れているのか、表情がない。


「それを鵜呑みにしたのか?」

「あんな美人に言われたらするんじゃないの? ウザいから帰ってくんない?」


 芹沢さんにそう言われたから、それを信じて沖田は気を遣って会わなくなった。


 あのクソ女、妄想が過ぎるぞ。勝手に好きになって、勝手に妄想を現実にしようとして、沖田にこんな顔をさせて――。


 いや、元々は俺が悪い。


 沖田に素直にならなかったから、こんな顔もさせたし、機嫌も悪くさせてしまった。


 今、素直にならなければ今までの22年間が無かった事になってしまう気がする。

 そんなの嫌だ。一緒がいい。


 恐らく、沖田だって同じ気持ちなんだ。刀鍛冶職人を目指しているのも、きっと俺といるためだろう。


 昔、それも中学生とか……そのくらいの頃。


 土方と沖田でセット扱いされるなら、刀でも持ってみたいもんだなぁと痛々しい発言をした事がある。


 どうせなら、きちんと刀鍛冶職人が目の前で打ったものの方が浪漫があっていい。

 なんて、訳の分からない事を言った記憶だ。あんまりにも痛くて、恥ずかしい記憶として残っている。


 沖田もその発言に乗っかって来ていた。沖田は、女の刀鍛冶職人が居たらかっこいいかもしれないと目を輝かせ、毎日包丁を金槌で叩いて真似をして、おばさんに怒られていたっけ。


「他の誰かのたった一言で、俺達の22年間は無くなるのか?」

「何? 別に、ただの幼馴染なんでしょ? アタシ以外の女が結婚して欲しいって言ってんだから、すりゃあいいじゃん。社会不適合者のアタシはほっといて」


 クソ――! 俺がついて来た嘘が仇になってる! 


 んな事微塵も思って無いつうのに、過去の俺は本当に最低だな!


「国立大に合格して、将来有望な昔から成績優秀、文武両道、才色兼備の四字熟語がお似合いの土方くんにはニートの沖田は釣り合いませんものね。本当イヤな感じ。もしかして、真面目に勉強してるアタシをバカにしに来たの?」


 益々拗れてきた。


 芹沢さんが何を言った知らないが、沖田は完全に俺を敵と見做している。


「バカにしたいところ申し訳ないけど、アタシ、京都に行くから。刀鍛冶の修行をさせてくれる人を見つけたの。よかったねぇ、青春を邪魔する忌々しい沖田と離れられるんだから、泣いて喜んだら!?」


 怒りを堪えられなくなった沖田がクッションを投げて来た。


 ずっと隣に居たからわかる。沖田は泣きそうな時、必ずキレる。弱い自分を見せない為に強がるんだ。


 俺はようやく気づいた。


 沖田は冷たくされたことに怒っていたんじゃなくて、結婚しないと言われた事にショックを受けていたんだ。

 

 俺達にとって結婚は恋愛の延長や世間体の云々ではなくて、ずっとセット扱いされる為の約束に近い。


 一緒に居たいという意味では他と変わらないのかもしれないが、幼馴染や恋人なんて言葉では言い表せない何かになるための約束なのだ。


 こういう時にどうしたらいいかわからない。

 とりあえず、感情の赴くままに沖田を抱き寄せて、逃げられないように腕で締めた。

 

「バカ! 大学だって、ホントはお前と居たいから行ったんだ! 沖田に毎日唐揚げを食わせてやるのに、いい会社に入ってちゃんと稼いでこないといけないだろ! お前が居なくなるなら、俺だって、俺だって……」

「意味わかんないし!」


 長く近くにいると、たった二文字が言えなくなるらしい。


 今までも言った事はないが、確実に幼い頃から心の中にある感情で、それを伝えたいのに喉でつかえる。


 それでもジタバタと暴れる沖田に嫌われたくなくて、やっと出た言葉は――。


「俺だって、沖田と京都に行く!」


 "好き"とは言えなかったが、言えた。言ってやった。


 これは実質プロポーズみたいなもんだ。沖田だって、ツンツンしないで顔を赤くして照れているに違いない。


 ここでキ……いやいや、接吻もすればお互い素直になって、本当はこうでありたかった関係になれるのでは?


 鼓動を早めながら沖田の顔を見ると、ほら、予想通り顔を赤くして照れて――ない。


「……アンタ、何しにくんの?」

「え……?」

「いや、京都に。突然来て。何すんの? ニート?」


 本気で何をしに来るのかと問う顔だ。

 俺の勇気返せよ。空気でわかるだろ。


✳︎


 俺が大学を卒業すると同時に、俺と沖田は京都へ引っ越す事にした。


 今まで隣に住んでいたが、京都では同棲する事に。

 なんならもう籍を入れてしまえと同家の両親が強く押してくるので、なんやかんやで結婚する事になった。


 ま、まあ。結婚と言っても世話をやくための契りであって……。


 で。どうせなら婚姻届は新撰組の聖地・京都で出そうと決まったが、俺達はその苗字が故にまた喧嘩が絶えないでいる。


「絶対に土方になりたくない! アタシは沖田総司の生まれ変わりなの!」

「沖田総司とは一切関わりのない沖田家だろうが! 俺は土方家の長男なの!」

「出た出た、古い考え方。男の苗字に女がなるなんて決まり、法律にあるんですかぁ? アタシと離れるのが寂しくて京都に来たくせに、黙って沖田を名乗れっつうんだ!」


 土方になるか。沖田になるか。


 京都に来たらますますお互いに譲らず、苗字への思い入れが強すぎて籍を入れられないんである。


 第三者を交えて話し合いもしたが、喧嘩がヒートアップ。大体面倒くさがられて相手にされない。


「あのー……決まったらまた来て頂けますか」


 現に役所の職員さんも、婚姻届の受理が出来ずに困っている。しかし籍を入れないと法律的に結婚した事にはならない。


 なんとか京都に着いた今日、決着をつけなければ!


「絶対に沖田には!」

「絶対に土方には!」

「ならないからな!」


 役所に響く、2人の絶対譲らない宣言。


 喧嘩する時は嘘をつかずにいれる。これはお互いに一生治りそうも無いな。


 俺は沖田とは"まだ"結婚しない。

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俺は沖田と絶対に結婚しない! 陸前フサグ @rikuzen_fusagu

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