バグと夏と食人鬼
渡貫とゐち
第1話
――夜時間がやってくる。
草木をかき分け……青臭い茂みの中から外を覗いていると、ゆっくりとした足取りで徘徊している影が見えた……ゾンビ……? ならぬ――あれは食人鬼だ。
そいつらが、活発に動き出す。
幸い、活発であってもゆっくりなのでよかった。
これが走り出したら、と考えるとゾッとするぜ……!
月明かりだけを頼りに、森の中を四つん這いで進む。
食人鬼とばったり、と出会ったら戦わなければならないが、しかし、初期装備のままなので戦えば負けるだろう。
負けたらダメってわけではないが、あまりにもリアルなので、たとえ仮想空間であっても殺されたくはなかった。
おそるおそる、茂みの中から顔を上げて周りを見ると…………最悪だ。
囲まれていた。
まあ、最悪なのはそれ以前のことなのだが――まさかこんなことになるなんて。
早めの走馬灯を見るように……思い出す。
今日は夏休み……なのに、補習でもないのに学校へきている。
呼び出しがあったのだ。
そう、生意気な後輩であるモナンの手伝いのため、自作ゲームのデバッグ作業をしているのだが……その途中で、恐らく俺は寝落ちしてしまったのだ。
で。
目を覚ましたら森の中にいた……記憶に新しい、ゲーム世界の――。
まさか、さっきまでコントローラーを握ってプレイしていた森の中、そのままの場所を今は自分の足で歩いているとは……。
さらっと入っているが、え……ゲームの世界に入っている……?
これ、VRでもないんだが??
意識だけがゲームの中へ入っている――いやすげえな、と思うけど、できることならもっと和やかなゲームがよかったよ。
こんなサバイバルホラー、入りたくなかった……。
すると、ガサゴソ、と音があった。
茂みが揺れた?
――夜時間。
活発になり、俺の気配を察知した食人鬼に気づかれたか??
……息を殺して、気配が去っていくのを待つ……。
心臓の音がうるさい。
ゲームの世界なのにそこまで忠実に再現しなくてもいいだろうに。
…………そしてやっと、音が、消えた……か……?
ふう、と気を抜いた瞬間だった。
見計らったように、奴がやってくる。
「――ばあっ!」
「ぎゃあっ!?!?」
――ついつい、初期装備の錆びたナイフを取り出し、反射的に振ってしまい、飛び出てきた後輩の胸を切ってしまった……あれ?
切れてはいなかった――当たらなかったのか。
「……なるほど、小さいからギリギリ、射程に入らなかったのか……よかったなっ、モナン!」
「おーいおい、先輩はけんかを売ってるんですかねー? ナイフであっても届いてほしかったですよ……せめてゲームの中でくらいはーっっ!!」
思ってみれば、なぜ現実そのままの姿なのだろう。アバターを使えば、憧れた自分の姿になれるのに……。制作者であるモナンの姿もそのままだしなあ……。
「だって動きにくいとデバッグしづらいじゃないですかあ」
「……これもデバッグなの?」
「ですよー」
「……なんでゲームの中に入ってるんだよ。元からこんな要素はなかっただろ? 自作ゲームにどれだけ予算を注ぎ込んで――」
…………、予算があったところで、同じことができるか?
ゲーム制作……の枠からはみ出るような天才がいなければ……無理だろう。
――いや、いる。
うちには天才がひとり、いるのだった――。
「博士がちょちょいとやって、アップグレードしてくれました」
「あ、あいつめ……っ!」
「おかげで面白いゲームになりそうです! ……ですが。当然ながらデバッグ作業も増えましたので、夏休みの全部を使っても終わるかどうか分からなくなってきました。しかし、そこは先輩の奴隷体質を使います――期待大。手伝ってぇ、先ぱぁい」
「そんな甘えた声で、俺が陥落すると思うなよ?」
「しそうですけどー?」
前例がありますよねー? と言わんばかりだ。
……確かに、それは否定できないが……しかし今回ばかりは労力が多過ぎる。
こっちだって人間だ、食人鬼じゃない――体力の限界があるんだよ。
アバターだから疲れないだろうって? いやいや……。
それでも脳は使っているわけで、疲労が蓄積されるのだ。大変なんだぞ……?
せめて寝る時間は欲しい。
いや、もっと食事とかも欲しいが。――って、手伝う気満々じゃないぞ!?
「あのさ、別に夏休み中に完成しなくてもよくないか?」
「やです。完成させますよ、絶対に」
「どうしてそこまで……」
「だってミクロちゃんに、大見得切っちゃったんですもんっ!」
これくらい作れるし! ――超面白いゲームだもん! と大言壮語で、モナンはクラスメイトのミクロちゃんに自慢してしまったらしい……出た出たいつものモナン節。
この後輩は、「嘘つきにはなりたくないので……」と泣きついてきた。
夏休み明けに発表できるように、延期はしたくないらしいのだ。
……気持ちは、分からないでもないが……。
しかもコイツ、なんで俺を誘ったのかと聞けば、「近くにいたから」だと。
ついでに誘った、みたいなノリで任せる労力じゃないだろ……。
「それに、先輩はこういう作業に向いていると思いましたし」
「いやまあ、苦手じゃないけどさ……」
「先輩は色々と引っかかってくれるので、バグも見つけやすいですしねー」
「……力を買ってくれるのは嬉しいが……けど毎日はやめてくれよ。もっとさ、こう……シフト制にするとかあるだろ?」
「えー」
「えー、じゃないんだよ」
――茂みの中で四つん這い、コソコソと喋りながら――周りにも意識を向ける。
俺とモナンが同時に気づいた……食人鬼が、すぐ傍を通過していた。
「先輩、実は……食人鬼の不死はバグなんです」
「なんだと?」
「ほんとはやっつけられるように作ったんですけど……。それでも、耐久力はすっごいんですけどね!!」
バグのせいで雑魚キャラの耐久力がラスボス級になった、とのことだった。
……なんだそれ。
ただ、窪みに閉じ込めてしまえば解決できるので、難攻不落でないところが救いだった。
「なあ、デバッグ作業なら手分けしてやろうぜ。さすがにひとりで全部を潰すのは無理だろ……それに、二手に分かれた方が効率がいい」
「あ、そうそう先輩」
「やめろ、なんだその軽い感じで、でも表情は深刻そうで――いぃ、聞きたくない!!」
今が一番、ログアウトしたい気分だった。
「実は……、先輩の個人情報がこのゲームの中に誤って混入しちゃいまして、てへぺろ! つまり、デバックついでにダンジョン内の宝箱を開けて取り除いておかないと、先輩のちょっとえっちな検索履歴がデータ内に染みついてしまうかもですー」
「はあ!?」
「だーかーらー、先輩のスマホを暇潰しにハックしていたら……こんなことに……。ほんとにてへぺろ、なんですよー。……すみません」
「………………、前科があるから説得力があるんだよなあ……、冗談じゃなさそうだし」
最後に見せた落ち込んだ表情は、本当にヤバイかも、というモナンの不安さが表れていた。
笑って済ませようとしたけれど、実害を考えたらコメディに全振りすることはできなさそうだ、と分かってしまったか……、マジか……。
確かにスマホのハックは前にもされたけど。
その時は、確か写真のデータを抜かれただけだったはず……それでも充分に実害は多いのだが……。しかし今回はそれ以上に……検索履歴だと……?
それだけじゃない個人情報まで抜かれて、ゲームの中に……??
「……オンラインゲームにするつもりじゃないよな?」
「ゆくゆくはしますけど。……もしも先輩のプライベートな情報がゲーム内に残っていたら……あは、全米デビューするかもしれないですねー」
「海外プレイヤーに受けそうな設定なのがまた最悪だ!!」
こうなるともう、デバッグではなく、自分の恥を取り除く宝探しじゃねえか。
バグを見つけるどころじゃねえし。
「先輩、シフト制にします?」
「ざけんなッ、四十日間、ぶっ通しでやるに決まってんだろ――誰にも見せられねえ最悪の箱だぞ、これッ!!」
「もちろん、あたしも探しますよー」
「なんでこんな時だけ乗り気に!?」
いつもは平気で押し付けるくせに。
……こんな時だからこそ、か?
けらけらと笑って、楽しそうな後輩だった。
「お、お前よりも先に見つけてやる――もう食人鬼なんて怖くないし!!」
「あははー、たのもしーですねー」
#
と、余裕を見せるモナンだったが……しかし彼女も焦っていた。
だって、彼女の個人情報――スマホの検索履歴も同じく混入しているからだ。
開けた宝箱の中に、どちらの秘密が入っているかは分からない。
先輩か、後輩か。
(モナンよりも先に――)
(先輩よりもさきに――)
((黒歴史を確保しなければッ!!))
……こうして、約四十日にも渡る死闘が始まった。
徹夜でぶっ通しの、地獄のデバッグ作業が、だ。
・・・おわり
バグと夏と食人鬼 渡貫とゐち @josho
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