第五章 スサノオが月神を演じる

 ツクヨミが担うべき月神の機能は、どこに行ったのか。

 答えは明らかである。スサノオとその系譜に移されているのだ。


■夜と冥界


 ツクヨミに与えられた「夜之食国」を、実際に支配しているのはスサノオである。

 スサノオは「根の国に行きたい」と泣き、高天原を追放された後、最終的に根の国の王となる。

 根の国とは何か。それは黄泉の国であり、死者の世界であり、地下の闇の領域である。

 オオクニヌシ神話において、スサノオは根の国に君臨している。彼はオオクニヌシに試練を与え、最終的に認めて地上を譲る。

 根の国=黄泉=夜之食国——これらは実質的に同じ領域を指している。

 ツクヨミは夜之食国を与えられながら、そこにいない。スサノオがその領域を統治している。


■海との関係


 月は潮汐を支配する。海と月は密接に結びついている。

 記紀において、スサノオには「海原」が与えられる。彼はそれを拒否するが、形式上は海の支配者として設定されている。

 世界の神話では、月神が海を支配する例は多い。日本神話では、その機能がスサノオに割り当てられている。


■食物神殺害


 ツクヨミの唯一の活躍である「保食神殺害」は、古事記ではスサノオの「オオゲツヒメ殺害」として語られている。

 つまり、ツクヨミに帰属させられた神話さえも、本来はスサノオのものだったのではないか。


■大年神の系譜


 月神の最も重要な機能——暦——を司っているのは誰か。

 古事記を読むと、意外な名前が浮かび上がる。

 スサノオは、神大市比売との間に大年神を生んだ。

「大年神」——偉大なる年の神。「年」とは何か。本居宣長は「年とは穀のことなり」と述べている。一年とは、一回の収穫サイクルである。穀物が育ち、実り、収穫される周期——これが「年」の原義である。

 大年神の系譜を見てみよう。


  大年神——「年」の神、穀物サイクルの神

  御年神——大年神の子、「年」の神

  聖神(ひじりのかみ)——大年神の子、「日知り」の神

  若年神——大年神の孫、「年」の神


「聖神」という神名に注目してほしい。「ひじり」とは「日知り」——日を知る者、つまり暦を司る者である。

「月読」——月を読む者——が司るべき暦の機能が、「聖神」——日を知る者——に移されている。

 そして聖神は、スサノオの孫なのである。

 これは偶然だろうか。

 世界の神話では、暦は月の機能である。太陰暦こそが人類最古の暦だからだ。

 しかし日本神話では、暦の機能がスサノオの系譜——大年神の一族——に移されている。ツクヨミは「月読」の名を持ちながら、何も読まない。暦を司るのは、スサノオの子孫である聖神なのだ。


■機能の移転一覧


 世界の月神が担う機能と、日本神話における担い手を整理してみよう。


  暦・時間の支配 → 聖神(スサノオの孫)

  夜の支配    → スサノオ(根の国の王)

  海・潮汐    → スサノオ(海原を与えられる)

  農業サイクル  → 大年神一族(穀物の神々)

  食物神殺害   → スサノオ(オオゲツヒメ殺害)


 月神の機能は、ほぼすべてスサノオとその系譜に移転している。

 ツクヨミに残されているのは、名前だけである。

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