第2話 音のない地表
映像には、地表しか映っていなかった。
アトラクトスの地表を見て、ホッとした。確かに地盤がある……。地殻が安定しているのだろう。地盤そのものは地球に似ていた。固そうな岩がいくつか、それに近くにあるのは丸い金属に目が留まる。あれは……卵型の金属、久我たち現地研究班が乗る一人乗りのロケットだった。
映像はそれだけ。
同じ研究区画に残っていた久我が、いつの間にか僕の背後に立っていた。
どうやら、かなり興味があるらしく、画面をぐっと覗き込んできた。
「雲があるんだな。詳しいだろう、篠宮。あれは何の雲だ?」
画面の奥にうっすらと灰色の雲があった。
慌てて久我に説明をする。
「灰色で、分析では可視光をほぼ均等に反射しているから……水蒸気の雲の可能性が高いよ。アトラクトスは硫酸雲もメタン雲の可能性も低いと聞いているし、報告通りなら水蒸気雲だと思う」
……つまり、水は確かに存在する。
「あと酸素15〜18%、二酸化炭素は少し高めだけど、住めない事はない。地球でも高地ではありえる程度だし、報告と合致するかな」
「なるほど、重力は?」
「地球よりかは若干重いんだよ。一応、死なない程度には」
眺めているうちに、雲がわずかに位置を変えていく。風もあるらしい。でもノイズがいくらか入り、とぎれとぎれとなる画面で少々見づらくもある。
「妙に画像が乱れてるな。それに、なんだか……この映像、変じゃないか?」
久我の言葉に僕は頷いた。
「乱れているのは異空間連絡から届いているからかな? にしても音がないんだね」
「音がない? 妙だな」
僕たちは解析を進めたが、それ以上の情報は得られない。
「……高峰の姿はないんだ。てっきり『着いたぜ!』なんていって、映り込むかと思ったのに」
「確かにな、あいつの性格上……映り込むかと思ったんだが」
久我は考え込んだ。
じっと画面を見ながら、じっと何度も再生を繰り返す。
「なあ、篠宮。映像はこれだけか? ……勘繰るのもと思うけど、まさか作られた映像じゃないよな? それか……」
「まさか。確かに届く直前に管制官がチェックしてるかもしれないけど、これに加工の跡はなかったよ。そこは念のため確認した」
「映像に間違いがないならいいんだ」
久我は昔から考えすぎなところがある。
というより、そういうことはいって欲しくなかった。
「不安にさせるなよ。僕だって、アトラクトスに行くことになったんだ」
僕の言葉に、久我は目を見開いた。
「なんで」
「食料問題だ。餓死するより、マシかなって」
久我は眉間にしわを寄せて黙り込んだ。
そうなんだ、つい先日の会議で、発表されたのは――
「地球からの食糧が断たれた」と。
地球は滅びへと進んでいる、それも急速に……。
宇宙ステーションへ運ぶ便が実質停止され、僕たちは餓死することが明言された。先日聞いた、配給課からの更なる言葉がこれだった。
「食料ストックから見ると、我々が生きられるのはあと一年程度だろう」
言葉を失う、というのはこのことだった。
宇宙ステーションの全員に通知された事実……。
「惑星アトラクトスへ行くか、最後まで生きるか、安楽死かを選べます」
そうして僕たちには、死の選択肢が与えられた。
自殺者も出たが、それぞれ自分の思想に基づく選択肢を選んだ。
僕はアトラクトス行きに挙手した。
迷わなかったわけじゃない。
でも、ここでただ餓死するのは、何よりも怖かったからだ……。
「お前はどうするんだよ、久我」
「俺は――餓死かな。最後まで生きたい。お前がアトラクトスに行くなら、お互いに最後まで異空間連絡ができるな」
久我は、いつになく寂しそうな、でも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
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