【短編SF】KX-771C 惑星アトラクトス

岩名理子

第1話 KX-771C 惑星アトラクトス

 

篠宮しのみや、お前は移住しないのか?」


 唐突な背後からの言葉に、僕はハッと我に返った。

 宇宙ステーションの一角、モニタを眺めたままの姿勢で、どうやら僕はぼんやりと固まっていたらしい。ぐるりと振り向いて確認した。声の主は高峰だった。

 

「いや、検討中。高峰おまえは当然行くんだろう?」

「……ああ、当たり前だろ?」

「仕事か興味か、どっちだ?」


 僕の問いに、高峰は笑った。どちらも、といいたげだ。


「KX-771C……なあ、大丈夫なのかよ」


「そっか、おまえはまだ知らなかったんだな。KX-771Cは、つい先日アトラクトスという正式名称になったんだ。ま、ここで死ぬより新天地で死ねるなら本望だ。俺は次に行く」


 ふうん、と僕が相槌を打つと、


「アトラクトスはまだ移住するには早い」


 真後ろからまた声が届いた。

 振り返ると、そこには僕たちと同期である久我くががいた。

 

「早いってなんだよ? 移住計画まであるのに」 

「あれは地球と似ているんだろ?」


 いたずらな笑みを浮かべ、高峰は久我の肩を抱いた。


「人間に慣れてない惑星だ。俺たちの進化とは違う形態を辿っている……人は他の惑星についた瞬間、その惑星での適性を審査されるんだ。俺らの進化は、何万世代もかけて、偶然残った形に過ぎない。アトラクトスには水も地表も大気もあるが――重力も組成も、地球とはまるで違う――」


「滅びかけてるけどな」

  

 僕が言葉を投げると、久我に睨み返された。


「だから、そこまで揃っている地球が特別なんだろ?」と高峰はさらに追撃をした。

「俺が言いたいのは」


 久我は高峰の腕を手で払いのけた。


「地球が特別という訳じゃなくて、地球だけが宇宙からみて異常ってことだよ」


「だから、僕たちが住めるように惑星アトラクトスを改造するんだろう?」


傲慢ごうまんだ。人間が住めるように惑星を変えるなんて。生態系がどれほど苦労して今のように進化したかを、知らないだろう」

 

「生態学に精通する実に学識高い久我くんの、最もなご意見だ。素晴らしい。いやあ、どうもご教授ありがとう」

 

 久我は舌打ちをして僕たちを一瞥すると、廊下の奥へと消えていった。


「じゃ、俺は行くから――またな」


 高峰も僕に手で敬礼のポーズをしつつ爽やかな笑顔を向け、アトラクトスへと旅立った。


 KX-771C 惑星アトラクトス……。

 数万光年先の、相対論航法で独自ロケットで5年だ。ようやく見つけた、地球に似ている環境の惑星……。高峰が現地調査、また久我たちの研究班の評価で『住める』ことが立証されれば、宇宙ステーションにいる僕たちは安全に移住できる……。


 でも、ダメだったら……僕たちはもうここでただ死を待つだけだ。この時ですら、地球からくるステーションへの配給は、目に見えて減っていたのだから。なんとか不安を抱えながら、さらに数年ほど経過したある日だった。


 高峰から、僕宛てに異空間連絡で通知がきていたのだ。


 件名は……

 『アトラクトスの映像』と。


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