わんわん王子様

　今となっては昔の話ですが、ある国に孤独な王様がありました。家来がどんなに綺麗なお妃さまをお勧めしてもお迎えにならず、当然セックスする相手もいらっしゃらないので子どももできず、代わりに一匹の犬を育てておりました。王様はその犬を毎晩毎晩実の息子のように可愛がっていました。

　そのうち王様は気が触れて、犬がまるで本物の息子であるかのように振舞い始めました。家来たちはいよいよ王様が病気なのではないかと心配しましたが案の定王様は病気で床に伏しました。それで、「もし私が死んだ場合は息子（犬のこと）を次の王様とせよ」という馬鹿丸出しの遺言を残されました。

　この国の家来は皆忠義者ばかりでしたから、内心ヘンな事だとは思いましたが、とうとう王様の「息子」を王様にすることに決めて、色々の政は総理大臣が担当することになりました。国中の人間はこの御触れを知ると「気でも狂ったのか」と大騒ぎしましたが、いざ犬を見るとこれが結構愛くるしかったので「まあいいか」と絆されました。それで、お祝いの支度を始めることとなったのでした。

　犬は狸みたいな姿をしており、つまらない犬でしたがいよいよお祝いの当日になりますと、金襴の着物を着て、王様の御椅子に座らされて、大勢の家来や人民にも御目見えをさせることになりました。

　お目見えに来た人民の中に独りの婆さんがいて、一匹の三毛猫を抱いて犬の前にひっそりと現れました。それからお辞儀をすると、三毛猫を犬の前に放しました。三毛猫は「フーッ」と言うとそのまま一目散に山の方へ逃げました。犬は本能の赴くままに金襴の着物を脱ぎ棄てて、椅子を飛び降りて「ワンワンワンワン」と吠えながら一所懸命に追っかけました。

　家来や人民共の騒ぎは大変なもので、中にも総理大臣は騎兵を繰り出して真っ先に立って馬を躍らせながら、犬の跡をつけました。

　山奥に来ると、向こうに一つの洞穴があって、その中に犬が駆け込むのが見えました。。大臣とその家来が馬を降りてその洞穴の中に入ってゆくと、そこに独りの気高い姿をした女と、一人の美しい青年が話をしておりました。

　大臣は近寄って丁寧にお辞儀をすると、

「今ここへ一匹の犬が猫を追いかけて来はしませんでしたか」

　と尋ねました。

「猫は来ませんでしたが、犬ならばそこに来ております」

　と気高い女は青年を指さしました。

「エッ！　この方が」

　と大臣は驚きました。女は顔を真っ赤にしながらこう申し上げました。

「今そこ本当のことを申し上げますと、私はこの山の森のせいなので御座います」

「ハア、森の精ですか」

「はい。ずっと前にこの国の王様が仮にお出かけになったときに、この洞穴へお入りになって、私と夫婦の契りをなさいました（セックスのこと）。その後この王子がお生まれになりましたが、私は一歩もこの洞窟を出ることができませんので、仕方なしに王子を一匹の犬に変えて王様の御傍へ差し上げました。母無しでは誰も王子を本当の王子とは思わないからでございます。今日、王子は王様がお亡くなりになってからしばらく私に会っておりませんでしたので、会いたくてたまらず、猫を追うふりをしてここまで来られたのだそうでございます。もう隠しておいても仕方がありませんので、何卒王子をこのままの姿で王宮に御連れくださいまし」

　皆は、王子の顔が王様と森の精（自称）によく似ているのに気が付いて、皆ひれ伏してお辞儀をしました。そうして、総理大臣らは青年を連れて王宮に御供して、今一度この若く美しい新たな王様のためにお祝いをすることになったのでした。

　総理大臣らが引き上げるのを十分に確認した後、森の精は洞穴の奥の方に行き、そこで捕まえておいた王様の犬の首根っこをしっかり押さえました。

　それから、女は用意しておいた斧を振りかぶって、わんわんと喧しい犬を大層ぶち殺しましたとさ。