勇者は魔王に殺させろ
社会の猫
勇者を殺せ
勇者という男がいる。
かつて人類を救った男だ。
勇敢で、優しく、そして強い。
まさに、希望の象徴……
だった。
勇者を殺す。
それが、何者でもない僕の使命である。
「では頼むぞ。ミクツ、ジン、アート」
王の間で、僕たちは王の前でひざまずいていた。
ミクツ。かつて勇者の隣に立った剣士。
ジン。かつて勇者と渡り合った魔法使い。
そして僕、アート。
かつて、聖剣を半分しか抜けなかった男。
「勇者を殺せ」
国王が冷たく言い放つ。
「はいはーい」
「はい!」
「はい」
僕たちは立ち上がると、王の間から退出した。
揺れる馬車。馬が地を蹴る音だけが辺りに響き渡る。
勇者は粗暴な悪意の塊だ。
彼は”助けてやったから”と金を払わず、”気に入ったから”と他者から奪い、”勇者だから”と人を殺した。
……僕の親を、同様に。
僕は奥歯をかみしめる。
今、僕たちは勇者を倒すために”魔王城”という場所に向かっていた。
魔王。それは、勇者が唯一倒せなかった存在だ。
その魔王を復活させる。
それが今回の旅の目的である。
「では、本日はここの宿で一晩泊まります」
夜になり、たどり着いた場所はそこそこ大きな村だった。
「しけた場所だなー」
ミクツが口を開く。
確かに、失礼だがかなり貧相な村だ。
なんといえばいいのか……村に生気がない。
辺りを見渡しながら村を歩く。
壊れた柵も壊れた家の壁も放置されたまま。
全体的に明かりがともった家が少なく、本当に宿があるのか不安なぐらいである。
しばらく歩き、これまたボロボロな宿の前で案内役の御者が足を止めた。
そして、ギィと不快な音を立てて扉を開ける。
中は意外にも清潔で、受付には一人の女性が立っていた。
「四部屋用意できますか?」
御者が聞く。
女性はこちらを見ると、
「……こんな村で良いんですか?」
と目を伏せながら言い、せき込んだ。
当分声を出していなかったのだろう。その声はかすれている。
「この村で何があったんですか?」
僕が聞く。
女性は一つため息をついて、
「……勇者です。勇者が来て、この村のものを全部奪われて……そのせいで村人はどんどんこの村から出て行ってしまい、今ではこんなざまになってしまったんです」
と告げた。
その声に悲壮感はない。ただ、あきらめたように淡々と事実を吐いてるだけであった。
「そうですか……」
今この瞬間にもこういった勇者の被害は増えているのだろう。
僕は拳を握りしめる。
「誰も止まっていないのでお好きな部屋をお使いください。旅のお方ですよね?馬宿のほうも手配しておきますので……」
女性が御者のほうを見る。
「わーい!じゃあ私二階ー!」
ミクツが階段のほうへ駆け出す。
「俺は一秒でも多く寝たいし出入り口から近い部屋で寝るかな……」
ジンも近くの部屋へ歩き出した。
「皆さんおやすみなさい」
僕も適当な部屋へ向かった。
扉を開け、明かりをつける。
部屋自体はかなり良い部屋だ。
ベッドもきれいに整えられているし、明かりだってつく。
多少ぼろくてほこりをかぶっていること以外は良質で、勇者が来るまではそこそこ栄えていたということが見て取れた。
早く勇者を殺さないと。
僕はベッドにもぐりこみ、静かに目をつむった。
「うわあああああ!!!!」
「きゃあああああ!!!!」
外から悲鳴が聞こえた。
これは……御者さんと受付の女性の声だ。
僕が廊下に飛び出す。
その時、廊下にはすでにミクツとジンがいた。
「壊さないよーに!」
ミクツが出入り口の扉を蹴り開ける。
僕も二人に続いて外に出た。
そして、声がしたほうに駆ける。
そこには、御者さんと受付の女性……そして、異様なオーラを放つ一人の男の背中が見えた。
「ケヒヒッ……いっぱい来やがるなぁ……」
異様な男が笑う。
僕たちの周囲には悲鳴を聞いて駆け付けた村人が数名集まってきていた。
……待てよ、なんでこの男は悲鳴を出させたんだ?
悲鳴を出させれば人が集まるのは当然だろ?それなのにこの男は恐らく、”わざと”悲鳴を出させた。
この男、何か算段がある。
念のため距離を……
「拘束魔法」
僕の体を縛り付けるような圧迫感が襲う。
拘束魔法……かなり高度の魔法だ。それも、おそらくだがこの場にいる十数名全員に魔法をかけたとなると……
強い。それもかなり。
「何者だ!」
ミクツが叫ぶ。
「ンン?俺様か?俺様だよなぁ。俺様はなぁ……」
男がこちらを向く。
その額には、一本の角が生えていた。
あの角……魔族か!
「負王角、死の王……ドレィだ!」
負王角。
それは、十七体いる最強格の魔族たち。
まずいぞ、これは。
俺が体を動かそうとする。
「クソ……」
体が少ししか動かない。まずい。このままじゃ……
「んじゃ。早速一人を……」
ドレィが受付の女性をつかむ。
「ほっ」
その時、ミクツが動いた。
そして、ドレィの顔を蹴り飛ばす。
「ぐへっ」
ドレィは吹っ飛び、地面を転がった。
「あァ?ンで動けんだよ……」
ドレィがイラついたような声を出す。
「ん?いやまぁ……ねぇ、ジン」
「まぁ……そうだな」
見ると、ジンも普通に動いている。
「君、ドレィじゃないだろ」
ミクツが言い放った。
「え?」
思わず声が漏れる。
「は?」
それは、魔族も一緒だった。
「私たちは一度死の王ドレィに敗北してる」
「当然、君みたいな雑魚じゃなかったけどね」
魔族の顔が焦りの表情に変わる。
「クソが……話とちげぇじゃねぇかよ!」
魔族が態勢を整え、逃げようと……
ザシュッ!!
魔族の首が飛んだ。
ミクツが切ったのだ。
すげぇ、強すぎる。
これが、元勇者パーティーの力……。
「ふぁぁ……全員無事かな?」
ジンが眠そうにあくびを出す。
「あ、ありがとうございます!」
「助かりました!」
村人たちが口々に感謝を述べる。
そうして、魔族騒動は無事に幕を下ろした。
「話と違う……ねぇ」
ジンがぼやく。
確かに、魔族のその発言は引っかかった。
誰が裏で手を引いて……いや、違うな。
誰が裏で手を引けるんだ?
勇者は魔王に殺させろ 社会の猫 @yauhshs
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