第二依頼 調査!地下世界の噂 5話
「チッ、アイツ……殺すなとは言ったが手加減が下手過ぎるだろ。調子に乗ってんじゃねぇかコイツ。……はあ、まあいい。俺が今ボコせば問題ねぇか」
「なっ、そんなことさせな……ぐっ、ぅ……」
「水音!?」
やっと水音の状態に気付いたようだ。陸は急いで水音に駆け寄り、心配そうに背中に触れる。
しかし、水音は陸と目を合わせないように顔を逸らしてしまう。陸の優しさは嬉しいが、こんな惨めな姿を見られたくないのだろう。
そんな水音の行動の意味が分からず、陸は不思議そうな顔をする。けれどカルウは違った。嬉しそうに、そして馬鹿にするように声を張り上げる。
「見られたくねぇよな〜。俺の結界内にいた人間は無傷で、テメェはボロボロだもんな〜。全く、こんな役立たずを押し付けられる周りも可哀想なもんだ。同情するぜ。……テメェの前任が仕事を辞めたのも、テメェが嫌だったからじゃねぇの?」
水音は言い返さない。言い返せない。一度自信をなくした彼女には、カルウの煽りが全て正しく思えてしまう。
代わりに陸が「お前!」と声を上げた。だが、その言葉も水音が止めてしまう。この状況で庇われても余計に哀れで恥ずかしくなると思ったからだ。
「いいのよ。間違っていないわ」
「そんなこと……」
「おいおい、随分としおらしくなったな〜。……人間、テメェも気を遣う必要はないんだぜ?役立たずには役立たずってはっきり言ってやった方がいい。本当はテメェもがっかりしてんだろ?コイツによぉ」
「……勝手に決めつけんな」
その声には怒りがこもっている。陸は立ち上がり、水音を守るように前に出た。だが、それでもカルウは舐めた態度を崩さない。当たり前だ。相手はただの人間。どう痛め付けてやろうかとしか思わない。
「さっき、お前の仲間と話したよ」
その言葉にカルウがピクリと反応する。仲間のことは気になっていたようだ。先程までと違い何も喋らず、話の続きを待っている。
「お前達にはお前達なりの苦労があって、考えがあるっていうのは分かったよ。そしてそれは、この世界のことをろくに知らないオレが否定していいものじゃない。……でも」
陸は強い意志のこもった目でカルウを見る。
「友達を傷付けられて、酷い目にあった人も沢山いて、許せねぇって思った。だからオレはお前を止める。それが今のオレにできる、オレの思う正義だ」
迷いのない口調だ。例えカルウが煽っても効かないだろう。カルウは面倒くさいという感情を隠すことなく溜息をついた。陸の言葉を聞いても、無駄な時間を過ごしたとしか感じなかったのだ。
「テメェらは俺の結界内で人生相談でもしてたのか?意味分かんねぇし、くだらねぇ……それで?か弱い人間君はこの後どうするんだ?」
「……お前が大人しく捕まってくれるなら何もしない。でも戦うなら、オレも殺す覚悟で戦う」
「あっははは!!人間ごときが俺を殺す?その紙みたいな爪で引っ掻くのか?石ころみたいな軽さで体当たりでもするのか?おいおい、どうやるんだ見せてくれよ!」
当然ながらカルウに降伏の意思はない。もちろん、大口を叩くのだから陸に奥の手があることは理解している。だが、相手は所詮人間。やれることなんてたかが知れている。ここはわざと攻撃を受けよう。そして、無傷の姿で大笑いしてやるのだ。
そんな思惑に気付いているのかいないのか、陸はカルウへ手を伸ばす。手には既に星檻の鍵が握られていた。
『全てを呑み込む星の海』
その呪文を聞いた瞬間、カルウの全身に悪寒が走る。四方から感じる視線、何かに毛の一本一本を触られている感覚、そして心臓を直接握られているような恐怖。カルウはただ困惑し、立ち尽くすことしかできない。
そんなカルウに構うことなく陸は続ける。
『闇に沈むは罪ある者』
(まずいまずいまずい!)
早く逃げろと理性が叫ぶ。
『管理者、八崎陸の名において現界を許可しよう』
(くそっ、体が言うことを聞かねぇ!)
動けば死ぬと本能が止める。……けれど、それでも一歩。カルウは一歩だけ足を後ろに引くことができた。
それでももう遅い。カルウの足は、腕は、体は、地面から出て来た黒い手に掴まれ動きを封じられてしまう。
『──星檻よ、幽世を開け』
カルウがゆっくりと顔を上げる。空には星檻が浮いており、そこから大きな手が出て来ていた。手の指先には鋭い爪、掌には大きい口が付いている。
星檻からは異様な気配がし、手からは圧倒的な力の差を感じる。助かることはできないと察するには十分だった。
「……クソ、ふざけんな!こんな力があるなら何で天神と戦わねぇんだよ!何で俺なんだよ!ここで人間の数十人助けるくらいなら、この星の奴ら全員を救えよ偽善者!」
最後の足掻きとはがりに叫ぶカルウ。まさに負け犬の遠吠えだ。
カルウの質問に、陸は冷静に返す。
「何でって、お前も同じ考え方だろ」
「は?」
「星望声に従え、主人に従え、それが正しいそうするべき。そんな周りに言葉を振り切って、やりたいようにやったんだろ?オレだってそうだ。周りの願いのためじゃなく、自分の願いのために行動してる」
「あ゛!?」
カルウは怒りの表情を見せる。檻から伸びる手が段々と近付いているのに、視線はずっと陸に向けたままだ。そして、今まで溜め込んだ感情をぶつけるように叫ぶ。
「一緒にすんな!俺はあの方の、フームヤ様のためにやったんだ!フームヤ様は偉大な方なんだよ!テメェらなんかに頭を下げて生きていくなんて有り得ねぇんだ!だから分かってもらわねぇと……人間の弱さを!醜さを!守る価値がないことを!……そうしたらきっと、またあの頃みたいに──」
最後の方は泣きそうな声だ。カルウにとってフームヤは本当に大切な存在なのだろう。しかし、残念ながらそのフームヤが助けに来ることはない。
カルウは大きな手に掴まれると、空に浮かぶ星檻の中に飲み込まれる。扉は直ぐに閉まり、空中に混じるように消えていった。
何もなくなった空を陸はぼんやりと見上げる。本当は戦わずに終わりたかった。だが、今の陸ではこうするしかなかったのだ。
(星檻の中はどうなってるんだろう……もし、中で生きられるなら……)
「陸」
「水音!大丈夫か!?」
バッと振り返る。水音は少し回復したようで、地面に座ってこちらを見上げている。
陸は駆け寄り、立ち上がれるように手を差し出す。だが、水音は手を取らない。申し訳なさそうに目を伏せるだけだ。
「ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい。本当ならアタシが守らないといけないのに、助けてもらっちゃって。……駄目ね、アタシ。これじゃあ本当に役立たずだわ」
服の裾をギュッと掴み、明らかに泣くのを我慢している。そんな姿に、陸は独り言のように「そうかな」と呟く。
「オレはそんなことないと思うけどな」
「え?」
「信念をもっててカッコいいし、真面目で、頑張ってるのも伝わってくる」
「えっ、えっ、ちょっ」
褒められると思っていなかったのだろう。水音は慌てているが陸は止まらない。
「水音みたいな性格を誠実っていうんだっけ?3階層の奴らがお前のことを好きになるの分かるわ。今日一緒にいただけで、オレもお前のこと大好きになったもん」
「はわ、すっ」
「4階層に落とされそうになった時も、真っ先に手を掴んでくれてさ。お前がいなかったらオレは──」
「待って待って待って!もういいわ!大丈夫よ!」
手をバタバタとさせる水音は耳まで真っ赤だ。緩んだ口元を引き締めるように、両頬をパンッと叩き、顔を上げる。もう落ち込んではいない。自信に満ちたいつもの水音だ。
「……よし。え、ええ、そうよね!アタシはいつも主人に恥じない行動をしているもの!」
「おっ、元気になったな」
「も、元々落ち込んでいないわ!……いや、違うわね。少し弱っていました。でももう大丈夫よ、ありがとう。これからも人間を守るために──ん?人間?」
言葉の途中で水音は止まった。そして、ゆっくりと陸を見て疑問を口にする。
「陸って人間よね?いや、そんなこと関係なく、何で星檻を扱えるの?」
やってしまった。他に方法はなかったが、堂々とやり過ぎた。陸は冷や汗をかきながら必死に言い訳を考える……が、無駄だ。灯とは違い、嘘が苦手な性格の陸にこれ以上の誤魔化しは不可能である。
諦めた陸は、水音を信じて今までの経緯を全て話した。水音は驚きながらも素直に聞いてくれる。
「異世界人、星檻……な、何故そんなことになっているのよ」
「オレも分からない……で、その、オレのこと星望声に報告する?」
水音は無言で考える。たった数秒のことだが、陸には何十分とも感じられる程長い時間だ。真っ直ぐに陸を見つめて水音は答える。
「しないわ。アタシの仕事は人間を守ること。このことを報告すれば、アンタは間違いなく危険に晒されてしまう。それはアタシの正義が許さないわ」
その言葉に安堵する陸。ひとまず拘束されずに済んだ。
そんな会話の途中、遠くから声が聞こえてきた。マミの声だ。どうやら探し回ってくれたようで、「ここにいた〜」と走って近付いて来るのが見える。その奥には灯とフェリもいた。マミと共にこちらに向かっているようだ。
「あら、お迎えね」
「そうだな。あ、おい、無理して立たなくても……」
「平気よ。……わっ」
「ふらふらじゃん。ほら、肩貸すよ」
強がって立ち上がる水音を陸が支える。大変な一日だったが、依頼は無事達成。陸は探偵事務所のメンバーと合流しながらその事実に喜ぶのだった。
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オカルト依頼引き受けます!黒井探偵事務所〜チート過ぎる檻を手に入れたオレ、異世界で探偵助手になります〜 深読ノナカ @hukayominonaka
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