第二依頼 調査!地下世界の噂 4話

 陸がいなくなった後、残された水音は今回の事件の中心、カルウと相対していた。カルウは後ろに10体近い仲間を引き連れている。


「よっ、久しぶりだなクソペンギン」

「……カルウ」


 水音は敵意を隠すことなく睨みつけるが、カルウは気にしていないようだ。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「10年……いや、20年ぶりだっけか?元気そうで何よりだぜ」

「陸を返しなさい。どうせアンタの結界内でしょう」

「無視かよ、悲しいな〜。テメェらが俺のことを嗅ぎ回っているから、会いたいのかと思ってわざわざ来てやったんだぜ?全く、俺は忙しいのによぉ。人間に尻尾振って生きてるテメェらは楽でいいよな」


 煽ってくるカルウに苛立つが、心を落ち着ける。水音はニコリと余裕の笑みを浮かべ、負けじと煽り返す。


「あら、そうかしら?主人に捨てられて、尻尾を振る相手もいなくなった野良犬よりかは忙しいわよ?」


 それは、灯の話を聞いた時から考えていたこと。カルウの暴走にフームヤが手を焼いているのではなく、フームヤに見放されたカルウが自暴自棄になっているのでは、という考察だ。


 だが、自分で言ったもののそんなことは有り得ないと水音は思っていた。眷属にとって主人が特別なように、地神達にとっても自身の眷属は特別なのだ。現に、今まで眷属が捨てられたという話を水音は聞いたことがなかった。


(正直、星望声を惑わすために嘘の噂を流しているって方が納得できるのよね。でも……)


「あ゛?」


 はっきりと感じ取れる殺気に、カルウの仲間達でさえ冷や汗をかいている。この怒りが嘘とは思えない。


「……主が間違った道を進んでいるのなら止めるのが従者の役目だろ。それと勘違いすんな。俺はあのか……アイツに捨てられたんじゃねぇ、俺がアイツを捨てたんだ。もうアイツは関係ねぇよ」

「……そう。一つだけ謝るわ、カルウ。自暴自棄になっているのかと思ったけれど、アンタなりに考えた結果なのね。でも──」


 水音が話している途中、後ろからカルウの仲間が殴りかかってきた。魔法を使って透明になっていたようだ。

 絶対に気付けるはずのない攻撃。しかし、水音は背後を見ることもなく避けた。体勢を崩す相手。その頭を掴み、地面に叩き付ける。

 水音の力の強さに、相手の頭は土の中に埋まってしまった。水音の細い体のどこからそんな力が出ているのだろう。


「アンタの考えを真に理解できる日はこない。だって、アタシとリィローア様が道が違えることなんてないもの。……でも、同じ種族として、アンタの本気さだけは分かった。だからアタシも──本気で潰すわ」


 カルウの仲間達は一瞬怯むが、次々と飛び出して水音に向かって行く。だが、水音は焦ることなく言葉を紡ぐ。


『水の音 白き願い』


 棍棒で殴りかかる者。魔法で攻撃をしてくる者。様々な方法で攻撃をしかけてくるが、そのどれもを水音は簡単に避ける。


『叛逆者に罰を その血は凍てつき世界は静となる 今、今、この身を捧げます』


 辺りに冷気が漂う。水音は胸元に手を当てると、何かを体から引っ張り出した。出てきたそれは“氷”だ。


『全ては我が主、リィローアの御心のままに』


 言葉と同時に氷は割れ、水へと変わっていく。水は空中で動き、剣の形になると改めて氷に戻る。そうしてできたのはキラキラと輝く透き通った氷の剣だ。


 水音が氷の剣を握ると、周りにいたカルウの仲間達が距離を取る。しかし、それを水音は許さない。瞬きの間に1体と距離を詰め、胸元に斬りかかった。


「ぐっ……!」


 血は流れる……が、傷はそこまで深くない。しかし、相手の顔は強張っている。

 カルウが忌々しげに叫ぶ。


「チッ、ソイツはもう駄目だ!分かっているなテメェら!あの剣に斬られたら氷にされるぞ!受けるなら斬り落とせる腕で受けろ!」


 その言葉通り、先程斬られた者の体が傷口を中心に氷に変わっていく。毛も、皮も、眼球も。後に残ったのは、生命の温度を感じられないただの氷像だけだった。

 水音は溜息をつく。辺りの温度が低い為、その息は白い。


「はあ、わざわざそんな怪我を負わなくても大人しく氷になれば後で解除してあげるのに……まあ、聞くわけないわよね」


 じっと目の前の敵を、その奥のカルウを見据える水音。剣をそちらに向け、冷たい声で告げる。


「ほら、次。自信がある奴からかかって来なさい」


         ♢♢♢


 水音が剣を握ってから数分後。あれだけいたカルウの仲間達は、そのほとんどが氷像に変わっていた。残っているのは水音の目の前にいる牛の獣人だけである。

 仲間をやられて怯えてこそいるが、目の奥の殺意は消えていない。震える手で持っていたバトルアックスを振り上げた。だが、それは力任せの大振りな攻撃。水音には簡単に避けられてしまう。


「安心しなさい。目が覚める頃には全て終わっているわ」


 水音の剣が腹を斬る。先程と同じ浅い傷。まだ動けると判断した牛の獣人は、最後の力を振り絞り、もう一度攻撃をする。


「大人しくした方が──」


 言い終わる直前、目の前に突然カルウが飛び出して来た。仲間で身を隠しながら近付いたのだろう、完全な不意打ちだ。鋭い爪が喉元を狙う。だが水音は反射的に避ける。


(おかしいわ。コイツは陸を閉じめ込めたように『結界魔法』が得意のはず。なのに魔法を使わずに直接攻撃なんて……もしかして、主人に捨てられて弱体化している?なら──)


 体勢を整え、水音は一歩踏み出す。剣先はカルウに向いている。不意打ちの失敗とこの距離だ、避けられるわけがない。しかし、カルウは余裕の笑みを浮かべていた。

 水音が不気味に思うと同時に、カルウは隠していた黒いキューブを取り出す。そしてその中に手を入れた。


(結界魔法!結界内から何か取り出して盾にするつまり?関係ないわ、貫いて当てる──)


 水音の予想通りカルウが何かを前に出した。だが気にせず剣を突き刺す。──その瞬間、“何か”の正体に気付いた。


「あっ、嘘」


 それは人間の子供だった。いや、もしかしたらカルウの仲間が人間に変身しているだけかもしれない。このまま貫いてしまえば勝てる……けれど、水音は咄嗟に力を弱めてしまった。


 カルウが水音の腕を掴む。そして、先程水音がやったように……いや、それ以上に乱暴に力の限り地面に叩き付けた。何度も、何度も。まるで玩具を振り回して遊ぶ子供のように。最後には、血を吐く水音を笑いながら投げ捨てた。水音は受け身も取れず地面を転がる。


「俺が弱くなってて油断したか?バカだな、いくらでも手はあるのによ」

「ぐっ……アンタ」

「お、生きてる生きてる。これくらいじゃ死なねぇか。まあでも、しばらく起きれねぇだろ?」


 図星を突かれ、水音は押し黙る。せめてもの抵抗で睨み付けるが、相手からしたらその姿も面白いだけだ。

 カルウは水音を無視し、地面を見る。そこに落ちていたのは氷の剣。傷だらけの持ち主とは違い、今なお美しく輝いている。それをカルウは拾う。水音にとどめを刺すためだ。だが、残念ながら剣は直ぐに溶けて消えてしまった。


「チッ、魔法を解除したか」


 チラリと水音を見る。先程は面白かったあの姿も、その諦めの悪さに苛立ちの方が強くなってきた。


(やっぱり嫌いだわコイツ。どうせなら眷属としての誇りも、主人に期待されているという自信も、全部めちゃくちゃにして殺してぇ……)


 何とか心を折れないものか……そう考えた時、片手に持っていた氷像の存在を思い出す。それは水音が刺した子供だった。剣は深く刺さっていなかったようで綺麗な状態だ。魔法を解除すれば生き返ることだろう。

 カルウはその氷像を水音の方へ向ける。


「なあ、クソペンギン。人間が嫌いの俺達が、わざわざ人間に変身して囮になると思うか?ないよな。それなら本物の人間を使って、用済みになったら捨てる方が楽に決まっている。コイツみたいに」


 そう言って氷像を水音の横に放り投げる。氷像は地面に落ちると同時に大きい音を立てて粉々に割れてしまった。

 水音は一瞬驚いた顔をしたが、また同じようにカルウを睨む。


「ん?あ〜残念。その反応、気付いていたか。あの人間が最初から死体だって。……でもよ、気付くまでの一瞬は生きているかもって思ったんだろ?助けたいって思ったから力を緩めたんだろ?」

「……何が言いたいの?」

「考えが甘ぇって言いたいんだよ」

「っ……」


 カルウの言葉が水音に刺さる。何か言い返さないと……そう思っても、口はパクパクと開くだけで声が出ない。


「人間1人の命か、俺を捕まえるか。普通は迷わねぇよ。だいたい、人間が生きているかどうか、生きているなら助けるかどうか、そんな風に悩むからご自慢の足が遅くなるんだ。これがテメェの敬愛するリィローアだったら、きっとそんな無様を晒すことはなかっただろうな。……テメェ、本当にアイツの眷属かよ?あの高潔な地神とテメェじゃ不釣り合いだぜ」


 水音は俯き唇を噛む。悔しい、不甲斐ない。様々な感情が頭を、心を埋め尽くす。ただの煽りだと分かっているのに、その言葉を否定できない。自分の行動は間違っていたのだろうかと、どうしても考えてしまう。

 そんな水音の姿を、カルウはニヤニヤと笑いながら見ていた。


(コイツ、昔からクソ真面目で考え過ぎる奴なんだよな〜。そんで、強がっているが心も弱ぇ。これなら後もう一歩だな。……そうだ!さっき一緒にいた人間を結界から出すか!自分が守れなかった人間が、死にかけの状態で命乞いをする姿……いいじゃねぇか)


 カルウは黒いキューブを出し、潰すように手を合わせる。そして開くと、キューブは白色に変わっていた。

 中に手を入れ、取り出す対象である陸を思い浮かべる。掻き回すように探すと、直ぐに何かに触れた。この感触は間違いない、陸の上着だ。荒々しく持ち上げ、外に出す。


「テメェに落ち込む権利なんてねぇぞクソペンギン!見ろよ!テメェのせいでこの人間は──」

「あれ?ここ外?」

「……は?」


 聞こえてきた声にカルウは耳を疑う。おかしい、何だこの冷静さは?苦痛と恐怖で余裕なんてあるはずがない。聞き間違いかと、ゆっくり手元を見る。……だが、残念ながら陸は無傷で怯えた様子もない。

 ふと目が合った。陸は「あ!」と声を上げる。


「灰色の狼!お前がカルウだな!」

「……んで」

「え?」

「何でピンピンしてんだよテメェー!」


 まるで、殺したと思ったゴキブリが飛んで来て手に止まった時のような驚きと気持ち悪さだ。思わず虫を払うようにして水音の方へ陸を投げてしまった。

 顔面から着地した陸は軽く呻き声を上げる。だが、カルウにそこまでの力が入っていなかった為、大きな怪我はない。むくりと上半身だけ上げてカルウを見る。


「いてて、何だよ、理不尽な奴だな〜……でも見つけたぞカルウ!これ以上誰も傷付けさせない!」


 カッコ悪い姿ながらも、ビシッとカルウを指差しながら陸はそう宣言した。

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