第一依頼 楽しい遊園地 7話

「思いついたことがあるので屋上まで行きませんか?」


 フェリのその一言で陸達は再度玄関に鍵をかけ、屋上に移動していた。陸がバタークッキーを壁に寄りかからせていると、フェリが「あ」と何かを思い出したように声を発する。


「少し前に灯君から電話がかかってきまして。陸君と別行動をしていると伝えたら、『陸の方にも電話する』と言っていましたよ」

「電話?」


 陸がスマホを確認すると、確かに灯からの着信の履歴があり、留守番電話が残っていた。マナーモードにしていたから気付けなかったようだ。留守番電話の内容を聞いてみる。


『依頼者の娘を保護したよ。遊園地の入り口付近で待つつもりだけれど、場合によっては先に脱出し、この子を外に置いて戻って来るからね。……大丈夫だとは思うが、生き残り優先で動いておくれよ?では、また後で』

 

 最後の方にはマミの『また〜』という声も入っていた。灯達の無事に陸は安心する。そして、早く合流したい気持ちを抑えながらフェリの方を向いた。


「で、何をするんだ?」

「試してみたいことがありまして……陸君の星檻は、相手が視界に入っていればいいのですよね?」

「おう」

「でしたら高いところから見下ろしたらどうでしょう?外にいる着ぐるみだけになりますが、一気に沢山の着ぐるみを捕らえられるのでは?」


 陸もそれは思っていたらしく、「あ〜」と声を出す。実際にそれができるのならば、脱出もしやすくなるだろう。しかし、遊園地は広い。今いる建物の屋上から見ても、遊園地全体は見渡すことはできない。


「オレもそう思うけど、この高さじゃ難しくね?」

「問題ありません。ボクが陸君を背負ってジャンプします」

「……え?」


 意味が分からない。冗談だろうか?……いや、フェリは真剣に言っているようだ。


「それは無理じゃ……」

「そう言わず、ひとまず試してみませんか?」

「……まあ、せっかくここまで来たもんな。やってみるか」


 できるわけがないと思いながらも、フェリがやりたいと言うのだ。ならばやろう。

 陸は鍵を出すために呪文を唱える。


『我、星の鍵を握る者』


 昨日と同じ、金の鍵が陸の手に現れた。それを持ったままフェリの背中に乗る。フェリは陸を落とさないように力を込めつつ、しっかりと背負う。

 そして、「では行きますね」と一言かけると、足に力を入れ跳んだ。……いや、飛んだ。


『全てを呑み込む星の海 闇に沈むは罪あるものぉ!?』


 驚きのあまり呪文を唱えることさえ忘れてしまう。だが、それも仕方がないだろう。何故なら本当に空を飛んでいるかのように空中に浮いているからだ。

 思えばフェリはアトラクションを破壊するレベルの人外。現実的に考える方が間違っていたのだ。


 地面が遠く離れ、遊園地全体が見えるようになる。パッと目に入っただけで、20体程度の着ぐるみがおり、その大半がマミと灯を囲んでいた。陸達の方に着ぐるみが少なかったのはこのせいだったのか。マミの方が圧倒的に強いが、数が多いため抜け出せていない。


 早く助けねばと、陸は呪文の続きを唱える。


『管理者、八崎陸の名において現界を──』


 そこで急に落下し始めた。ジャンプしているだけではこれが限界のようだ。

 陸は慌てながら、早口で続ける。


『許可しよぉう!星檻よ、幽世を開けぇぇ』


 悲鳴にも近い声で呪文を唱え終えた。もう着ぐるみ達の姿は目視できないが、昨日と同じ感覚がする。魔法は問題なく成功したようだ。けれど一息つく暇はない。地面が段々と近付く恐怖で目を瞑る。


「ぎゃぁあ!!だ、だ大丈夫だよな!?」

「はい、大丈夫ですよ」


 フェリの言葉の通り、強い衝撃もなく安全に着地できた。だが、怖かった感覚はまだ残っている。陸はゆっくりとフェリの背から下りていく。まるで、知らずに絶叫系のアトラクションに乗った時のような気持ちだ。

 そんな陸の姿を心配し、気遣いながらフェリは声をかけた。


「お疲れ様です。見えていましたよ。ちゃんと着ぐるみ達に星檻が発動していましたね」

「はぁ、はぁ……それならよかったわ……」


 叫び過ぎたせいで無駄に疲労した陸は、息を整えながら返事を返す。


「ふぅ……けど、これで結構動きやすくなったよな?」

「ええ。間違いなく。陸君のおかげですね。さあ、灯君達と急いで合流しましょう」


 そう言ってさっさと屋上から出ようとするフェリの腕を、陸は慌てて掴んで止める。そして、そのまま腕を少し上に持ち上げた。陸のやりたいことがフェリには分からないようで、されるがままになっている。


「着ぐるみを何とかできたのは、オレのおかげじゃなくてオレ“達“のおかげなんだよ。だからほら、ハイタッチ!」

「ハイタッチ……」


 フェリの手の高さに合わせて、陸も自身の手を上げる。こんなこと今までなかったのだろう。フェリは困惑しているようで、おずおずと手に触れた。それでも陸は嬉しそうに笑う。


「ありがとな、フェリさん!この調子で脱出しようぜ!」

「……ふふ。はい!」


          ♢♢♢


 遊園地内はとても静かで、着ぐるみ達と会うことはなく無事に入り口近くの時計塔まで移動できた。


「お〜い!こっちだよ〜!」


 そこには既に灯達がおり、こちらに気付いたマミが手を振ってアピールしている。危険がなくなったからか待ってくれていたようだ。


「待たせてごめん!」

「全然!着ぐるみ達がいなくなったの、りっくんの力だよね?助かったよ、ありがとう〜!」

「オレだけの力じゃねぇよ、フェリさんがいないとできなかったからさ。な!フェリさん!」

「そうですね、陸君」


 顔を合わせ、楽しそうにしている陸とフェリ。最初より仲良くなっている様子にマミは驚くが、直ぐに笑顔になる。


「そっか!ありがとうフェリさん!」

「いえいえ。マミちゃん達も依頼者の娘さんを確保してくれたのでしょう?ありがとうございます」


 陸はその言葉を受けて思い出し、辺りを見渡す。だが、どこにもそれらしい子供はいない。不思議そうにキョロキョロとしていると、灯が「こっちだよ」と背中を向けた。見ると、背に眠っている子供がいた。写真の子供に間違いないが、何故この状況で寝ているのだろう。


「着ぐるみに囲まれた時に、恐怖で気絶してしまったんだ。陸の後ろの子は?」

「行方不明になった子の1人だよ。オレのせいで怪我をさせちまったけど……」

「死んではないのだろう?なら、そんな暗い顔をする必要はない。その子供が起きた時に謝罪でもしたらいいさ」


 そうだけ言うと、灯は入り口へ向かう。適当な台詞にも感じるが、きっと灯なりに励ましてくれているのだろう。陸は気持ちを切り替え、先に進むのだった。


 全員で警戒しつつ進む。幸いにも着ぐるみと遭遇することはなく、安全に遊園地を出ることができた。後は真っ直ぐ来た道を戻るだけ。……その時、陸は視線を感じて後ろを見た。

 遊園地の入り口、敷地から出ない場所で、クマの着ぐるみが大きく手を振っている。その姿に思わず足を止めた。


「りっくんどうし……ああ、着ぐるみか」


 動かない陸を不思議に思い、近付いて来たマミもその存在に気付いた。しかし、もう出るだけなので着ぐるみには興味がないようだ。灯とフェリも同じ気持ちらしく、早く出たそうにしている。


「……ごめん!やっぱりちょっと待って!」

「わわっ!ちょっ」


 陸は背負っていたバタークッキーをマミに預けると、走って遊園地の前に行く。そして、手を伸ばした。


『我、星の鍵を握る者』


『全てを呑み込む星の海 闇に沈むは罪ある者 管理者、八崎陸の名において現界を許可しよう』


 上空に星檻が現れる。昨日とは比べ物にならない程の大きさで、遊園地の敷地全体をゆうに超えるだろう。


 数本の黒い手が遊園地を囲むよう地面から出て来る。


『──星檻よ、幽世を開け』


 星檻の扉が開くと同時に、周りの手が遊園地内に向けて動く。1つの手がジェットコースターに触れた。すると、その部分からじわじわと溶け始める。液体となったジェットコースターは空へ昇っていき、星檻に吸い込まれ消えていった。


 最初にいた時計塔も、遊園地を彩る木や花々も、全てが溶けていく。静かに、眠るように。あの日記の人物が望んだ“終わり“が今叶っているのだ。


(何で急にあの日記を思い出したんだろう……分かんねぇけど、きっとこれでいいんだよな?)


 質問したくとも問う相手は既にいない。この行動が最善だと胸を張って言えない。けれど、決めたからにはやるしかないのだ。

 せめて目を逸らしてはいけないと、陸は真っ直ぐ前を見る。

 そして気付いた。


「……!」


 クマの着ぐるみが深々とお辞儀をしていたのだ。既に黒い手が触れたのだろう、頭の先から徐々に溶けている。それでも感謝の気持ちを伝えるように、ただ頭を下げていた。完全に消えるその時までずっと。

 1分程度で扉は閉まり、星檻は消えていった。後には更地だけが広がっており、そこに遊園地があったとは思えない。無事に終わった安心と、少しの寂しさを胸に帰ろうと振り返る。


「すっっごい!凄いよりっくん!あんなこともできるの!?」


 マミが目をキラキラと輝かせながら近寄って来た。その勢いに思わず後退る陸。落ち着くように手で制しつつ返答する。


「いや、確信はなかったんだ。できたらいいなっていう気持ちでやっただけ」

「実際にできているんだもん、凄いよ!これでもう遊園地の被害に遭う人間はいないね!」

「マミ〜お喋りは後にして一旦出るよ〜」


 純粋な気持ちで褒め続けるマミを灯が止める。もうこの場所に用はない、早く脱出するべきだろう。

 マミの「りっくん行こ〜」という言葉に短く返事をすると、振り返らずに走り、その場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る