第一依頼 楽しい遊園地 6話
「はぁはっ……う、助けて!助けてぇ!誰か、ゴホッ……」
1人の女の子が涙を流しながら走っている。依頼者の娘、田中真だ。
どうやらキツネの着ぐるみから逃げているようだが、そろそろ限界が近い。
「あっ……」
足がもつれ転んでしまった。早く立とうと力を入れる。……しかし上手く立てない。捻挫してしまったようだ。その間にも着ぐるみはじわじわと近付いて来る。
着ぐるみが真に手を伸ばす。
(助けて……誰か……!)
真はギュッと目を瞑る。けれど、着ぐるみが真に触れることはなかった。何故なら──
「コラー!駄目だよ!」
横から出て来たマミが着ぐるみに飛び蹴りをしたからだ。着ぐるみは地面を転がり、作り物の木に激しく打ち付けられる。
「な、何?」
「おっと、まだ目を開けてはいけないよ。大丈夫、助けてあげるからね」
いつの間にか灯が真の後ろに立っていた。灯は真の両耳を塞ぐ。突然のことに真は体を強張らせるが、暴れずに受け入れた。
真が目を閉じ耳も塞ぎ、辺りの状況が分からなくなったことを確認すると、マミは着ぐるみに近付く。先程のダメージが効いているのか着ぐるみはまだ起き上がっていない。
マミは既に呪文を唱えていたようで、手には赤い短剣が握られている。この狭い場所で大鎌は戦いづらいからだろう。
マミが歩くにつれ剣は形を変えていき、着ぐるみの前まで来た時には長剣になっていた。それを躊躇いなく振り上げ──首を刎ねた。着ぐるみはビクビクと痙攣した後、動かなくなる。
「終わりました。これなら見せても大丈夫でしたね」
「いや、人間の子供が見たら十分トラウマになるよ、これ。お疲れ様」
「あ、あの……」
真が遠慮がちに声を出す。未だに灯が耳を押さえているうえ、真自身も律儀にずっと目を瞑っているので状況が理解できていないようだ。
マミは剣を消し、着ぐるみの死体を草むらに隠す。視界に入って困る物が無くなってから灯は手を離した。
「驚かせてしまってごめんね。もう目を開けていいよ。怪我はしていないかい?」
「は、はい。大丈夫です……」
真はゆっくりと目を開け、灯とマミを見る。その姿は不安気だ。助けに来てくれたと理解しているが、まだ完全に信用していないのだろう。
安心させるようにマミは笑みを浮かべ、優しく話しかける。
「田中真ちゃんだよね?私達は貴方のお母さんにお願いされて来たの!直ぐにお家に帰れるよ、安心して」
「え、そうなの?」
真は驚きと喜びが混じった声を出す。自信満々に頷くマミに安心したようで、大きく息を吐いて座り込んだ。
「よ、よかった。絶対もう帰れないと思った……あ!」
大きい声を出すと直ぐに立ち上がった。そして、申し訳なさそうに灯達見る。
「あの、もう1人友達がこの遊園地にいるんです」
「1人かい?キミを除いて3人いると聞いたのだけれど」
「さ、3人いたけど、2人は目の前で……」
続く言葉は出てこないが、察するには十分だ。顔色が悪くなった真を気遣うように灯は質問を続ける。
「そうか。辛いことを思い出させてしまったね、ごめん。残ったもう1人がどこにいるかは分かるかい?」
真はブンブンと首を横に振る。
「分かんないです。怖くて1人で逃げちゃったから。……アタシ、その子と仲良くなりたくて声をかけたんです。でも、そのせいでこんな目に遭わせちゃって…うぅ」
話している途中で真は泣き出してしまった。罪悪感や恐怖など、いままで我慢していたものが溢れてきたようだ。
ここで優しい人間ならば泣き止むまで待ったり、励ましの言葉をかけたりするだろう。しかし、助けに来たのは残念ながら人外。泣き続ける真をマミが無理矢理抱き抱える。
「え、え!?」
「ごめん、急いでここから離れたいんだ〜。このまま走るけど泣いてていいよ!」
「あの」
「もう1人のことは心配は要らないさ。ボク達には他にも仲間がいてね、多分きっと恐らく助けてくれているはずだ。……あ、マミ。キミは両手を空けておいた方がいい。ボクが背負うよ」
「そうですね。お願いします」
「アタシの意思は無視?」
灯達の無神経な言動に、流石に真も泣き止み呆れている。大人しく灯に背負われつつ、ただ無事に帰れることを祈るのだった。
♢♢♢
陸はまだ建物の中にいた。気絶したバタークッキーを背負いながら、壁に隠れつつ玄関を覗いている。
「やべぇ……どうしよう……」
磨りガラス越しに見えるのは、外にいる着ぐるみ達。何体かは分からないが、ガンガンと扉を叩いている。
(外に着ぐるみが見えたから反射で鍵閉めちまった〜!とりあえず星檻を使うか?でもその後は?沢山いたらどうする?)
今まで陸は普通の生活を送っていた。だからこのような時にどうしたらいいか分からない。それに、自分だけなら強行突破もできるが、今はバタークッキーを守る必要がある。無理はできないのだ。
まとまらない考えに思わず大きや溜息が出る。
「何かお困りごとですか?」
「うぇあ!?フェリさん!」
急に声をかけられ驚く。気付かないうちにフェリが隣に座っていたようだ。
「い、いつから!?どこから!?」
「玄関を覗いて独り言を呟いていた辺りから。レストランの隠し扉から来ました」
「え、あそこから!?着ぐるみはいなかった?」
「いましたけど、その……やっちゃいました」
「やっちゃったかぁ」
申し訳なさそうに伝えてくるフェリ。陸は陸で大変だったが、フェリの方でも色々あったようだ。
陸も、「オレもやっちゃったんだ」とここまでの経緯を簡単に説明する。
「成程、そんなことがあったのですね。そして今は外へ出る方法を考えている、と」
陸と場所を交代し、玄関を覗くフェリ。着ぐるみ達は今も扉を叩いている。壊れる程の力ではないが、早く脱出の方法を探さないと危ないだろう。
「おう。オレがやらかしたから、着ぐるみ達はここに集まって来てると思うんだ。星檻を使ってもいいが……この子を連れて逃げれるか……」
「見えない相手に星檻は使えないのですか?『この遊園地にいる着ぐるみ全部』のように」
「多分無理。昨日の感覚的に、『あそこにいるアイツ』って感じで目に見えてないとできねぇ」
「ふむ……」
フェリは考える素振りをする。
「でしたら仕方がないですね。僕が囮になります。陸さんは隙をみて逃げてください」
「は!?」
「では行って来ます」
「いやいやいや!待って!待てよ!」
陸は手が使えない代わりに頭を勢いよく振り何とか止める。何故そんなことをするのかとフェリは不思議そうだ。
「どうしました?ああ、心の準備をする時間が要りますか?」
「違う違う!危険だろ!?」
「大丈夫、陸さんの方に着ぐるみが行かないようにしますから」
陸の意図は全く伝わっていないようだ。それでも必死に思いを言葉にする。
「オレじゃなくて、フェリさんが危ないだろって話!こんな状況でフェリさんを置いて行くようなことできねぇよ」
「……もしかして、僕の事を心配してくれています?」
「は?当たり前じゃん」
「僕のことが怖いのに?」
バレていた。グッと押し黙る陸。気まずさや申し訳なさはある……だが、それ以上にこの気持ちを伝えたくて口を開く。
「……確かに、フェリさんの見た目にはビックリしたし、何を考えてるか分からなくて、正直怖かったよ」
フェリは何も言わず陸を見ている。相変わらず感情は読めないが、それでも陸は目を逸らさない。
「でも、オレの意見を聞いてくれるし、危険な役目でもやろうとしてくれる。それに、色々気を遣ってくれてさ……しかも、オレがフェリさんを怖がっているって分かったうえでだぜ?本当、フェリさんは優しいよな」
そう言って陸はフェリに笑いかける。悪意も怯えもない、親しい人に向けるような愛情の籠った笑みだ。しかし、恥ずかしかったのか直ぐに目を逸らす。
「最初怖がっていたのは本当にごめん。でも、今はフェリさんのこと全然怖くねぇよ。もっとフェリさんのことを知りたい、友達になりたいって思ってるんだ。フェリさんさえよければだけど……フェリさん?」
何も話さないフェリが気になり隣を見ると、フェリは片手で顔を覆っていた。大きな手だが全く隠せていない。
「フ、フェリさん?その色……」
陸はフェリの瓶の中、香水をじっと見つめる。その色は黒からピンクに変わっていた。
(ピンクって確か……)
「ああ……あまり見ないでください。きっと今は変な色になっているでしょう?」
冷静そうに喋っているが、照れていることが伝わってくる。フェリはもう片方の手で陸の視線を遮り話す。
「……僕は灯君やマミちゃんと違い、地上で生まれました。人間が人間を造ろうとしてできた失敗作、それが僕なんです」
「失敗って、そんな……」
「大丈夫、もう気にしていませんよ。ただ、この姿が人間にとって好ましいものでないことは事実です。怖がられるのも仕方がないと思っていました。……だから、その、そんな嬉しいことを言ってくれるなんて想像もしていなくて……ああ、どうしましょう!飛び跳ねて喜びを表現したいくらいです!」
「お、おう、落ち着け?」
2人がそんな会話をしていると、玄関からガチャッという鍵が開く音が聞こえる。どうやら着ぐるみが鍵を用意してきたようだ。陸達は隠れているが、早く行動をしないと直ぐに居場所がバレるだろう。
「フェリさんどうする!?とりあえず星檻を──」
「僕が行きます」
そう喋る声は先程までと違い冷静で落ち着いる。瓶の中の香水も既に黒色に戻っていた。
「いや、囮は……」
「大丈夫、囮ではありませんよ。それに、星檻が使えるといっても、君は敵の目の前で戦ったことがないでしょう?どうか今回は僕に任せて……いえ、カッコつけさせてください」
陸は口を噤む。フェリの言う通り、戦うことにまだ少し恐怖心があるからだ。
フェリは立ち上がる。
『映り移る心の在処 望まれぬ生が望む死を』
呪文を唱えつつ、何も無い空間をコンコンとノックする。すると、パキッという音とともに空間にヒビが入った。ヒビは広がっていくと、そのまま割れてしまう。パラパラとガラスの破片のような物が落ちていき、空中に穴が開く。その中にフェリは手を入れた。
『俺は否定しよう お前達の存在を』
取り出した物は斧だ。だいぶ重さのありそうなそれを、片手で軽々と持ち上げている。
「陸君、友達になりたいと言ってくれてありがとうございます。僕も君のことをもっと知りたい。だから……この依頼が終わったら沢山お話をしましょう?」
そう言って迷いなく玄関へ進む。背中を追うように陸もそちらを見ると、3体の着ぐるみがいた。フェリと少し近い位置に1体、入り口付近で縦に並ぶように2体が立っている。
手前の着ぐるみがフェリに気付いた。こちらに向かってくる。
「やばっ」
背負っていたバタークッキーを下ろし、駆けつけようとする。……が、そんな陸や着ぐるみよりも早く動いたのはフェリだった。
グッと力強く地面を蹴り、一息で距離を詰める。そして、着ぐるみの頭を斧を叩き割った。
「……は?」
倒れかける着ぐるみを蹴り飛ばす。後ろに立っていた着ぐるみは咄嗟に受け止めたが、そのせいで手を封じらた。フェリは構わず斧を振る。
倒れた2体の着ぐるみ。その体を踏みながら最後の1体が殴りかかってくる。だが、フェリは軽々と避け腕を掴んだ。そして、力を込めて壁に叩き付ける。衝撃で一瞬動けない着ぐるみ。その体を、フェリは薪を割るかのように真っ二つにした。陸からは中身が見えないが、血は出ていないようだ。
幸い他に着ぐるみはいなかったようで、あっという間に辺りは静かになった。昨日の戦闘の様子からフェリは弱くないと思っていたが、まさかここまでとは……。
「あの……強過ぎじゃね?」
陸は愕然としながら立ち尽くした。
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