第一依頼 楽しい遊園地 5話

「え〜っと、このまま真っ直ぐ行けば梯子があって、そこから上に行けるんだよな?」

「はい。上は少し覗いただけですが、普通の部屋でしたよ。物が多かったから物置き部屋だと思います。……ただ、わたしは他の3人と違ってここに来たのは初めてです。間違っていたらすみません」

「大丈夫!というか他の子達は何回もここに来てたんだな」

「2、3回はこの遊園地で遊んでいたらしいですよ。ちなみに、急にわたしが誘われた理由は謎です」


 その後バタークッキーは黙り、少し考える素振りをした。そして迷いながら口を開く。


「……陸、昨日のことを聞いてくれますか?」

「え、いいけど……嫌な記憶なら無理しなくても……」

「いえ、誰かに聞いてもらいたいのです。いいですか?」


 そう言われてしまえば仕方がない。陸が黙ったことを肯定と受け取り、バタークッキーはゆっくりと話し始めた。


         ……………


 実はわたし、クラスで浮いているのです。しかし昨日、クラスの派手な女子3人が話しかけてきました。その内の1人が田中真さんです。

 彼女達と話をしたことはなかったのですが、「面白い場所があるから行こう!」と遊びに誘われました。正直行きたくありませんでしたが、断ったせいでいじめられる可能性があります。今回だけという約束で一緒に行くことにしました。


 遊園地で遊び始めてから2時間後くらいでしょうか?わたしと田中さん以外の2人がトイレに行きました。すると、田中さんが「ドッキリを仕掛けたい」と言い出したのです。断ることもできず、近くの茂みに隠れました。


 少しして戻ってきた2人はわたし達がいないことに直ぐ気付いたようです。ですが、少し驚いた後は何故か楽しそうにしていましたね。


 数分待ち、そろそろ出ようかと思っていると、3体の着ぐるみが2人に近付きました。何か話していましたが聞こえません。……と、着ぐるみが1人の腕を掴みました。その瞬間──


「助けてぇ!!」


 叫び暴れるその子。それを抑えるように別の着ぐるみがもう片方の腕を掴みます。そして最後の1体が頭を掴み……一回転させました。怯えるもう1人の子も頭を掴まれて、そのまま……


 わたしは、わたしは動けませんでした。横にいた田中さんが悲鳴を上げて走り出してからやっと我に返ったのです。死にたくない。その一心で走りました。そして運よくこの水路に辿り着いたのです。


         ……………


 陸は話を聞いて青ざめる。子供のうち2人は既に死んでいること、そしてここが想像を超えて危険な場所であるということ、その事実に動揺を隠せない。逃げた田中真のことを心配しつつ、バタークッキーを見る。


「お前、大変だったんだな。キツかったら言えよ、おんぶくらいするから」

「問題ありません。優等生ですから」

「理由になってねぇ……」


 冗談を言いつつもバタークッキーは辛そうだ。ただの小学生がこんな体験をして平気なわけがないだろう。


「田中さんは生きているでしょうか……」

「大丈夫!オレの仲間が助けているはずだ。そんで、お前のことはオレが絶対助ける!だから安心して、戻ったら何したいかでも考えててくれよ」

「……ありがとうございます。そうですね、戻ったらさっきのクッキーがまた食べたいです。売っていた場所に連れて行ってください」

「あ〜、実はあれ貰いものなんだよ」


 バタークッキーは少し元気になったようで、楽しそうに笑っている。そのまま2人は雑談をしながら真っ直ぐ歩いて行く。少しして目的の場所に着いた。


「あ、ここが行き止まりですよ」

「確かに梯子があるな。この上が物置き部屋だっけ?」

「断言はできません。本当に少し覗いただけですから」

「あ、そっか。まあでも、どっちにしても危ない事に変わりねぇ。まずはオレが調べるからお前は待っててくれ」

「了解です。いつでも動けるようにしておくので、手助けが必要になったら言ってくださいね」


 ビシッと敬礼するバタークッキーを見た後、陸は梯子を登っていく。そして扉を開いた。


          ♢♢♢


 着ぐるみがいない事を確かめてから出る。そこは狭い部屋だった。積まれた段ボールの山、棚には工具や紐、イベントで使われるであろう飾りなど色々な物が置かれていた。


 至って普通の部屋に見えるが、壁の方へ目を向けて驚愕する。窓がおかしいのだ。異常に大きく、歪んだ形をしている窓枠、中にガラスはなく、気を付けないと落ちそうだ。


 窓の近くには簡素な机があり、埃を被ったファイルが立てかけられていた。机の上には1冊のノートがあり、表紙には大きな字で『見ろ』『熊谷遠』と書かれている。異様な気配を感じつつノートを開く。


『8月1日

 私の遊園地が閉園するまで後1ヶ月を切った。ショックからか、最近物忘れが酷い。なので日記を書こうと思う。閉園する日までやり切れるよう、しっかりしなければ。』


 どうやらこのノートは日記のようだ。綺麗な字で書かれている。……この部分だけは。

 ノートの下部分は乱雑に書かれた文字で埋め尽くされていた。


『見ろ これは俺のだ 俺だ これが俺』


 同じ人間が書いたとは思えない荒々しい字だ。何があったのか疑問に思いつつページを何枚か捲る。


『8月6日 

 今日は不思議な夢を見た。天使が現れ、悩みを聞いてくれる夢だ。細かいところは覚えていないが、心が軽くなり久しぶりに穏やかな気持ちで1日を過ごせた。明日も頑張ろうと思う。』


『8月13日 

 更に物忘れが酷くなっている。それに自分の行動がおかしい。職員を怒鳴りつけたり、物を投げつけたり。こんなこと今までしたことがなかった。自分が自分ではないみたいだ。』


『8月18日 

 自分が分からない。私はどんな人間だったか……人間?人間だ。俺は人間。そうだ!明日からこの日記を持ち歩こう!分からなくなったら これ読んで 白分を石隺めるために』


『いやだやだ こんなものちがう たすけててんしさま かえりたいです』


『8月31日 

 今日はこの遊園地の閉園日。ここ数日は意識がぼんやりとしていたが、今日は頭の靄が晴れたかのようにスッキリしている。……今更意味なんてないのにな。足が溶けていく。頭が溶けていく。もう痛みは感じないが、ただ怖い。自分が自分以外の何かになるのが怖い。職員を巻き込んでしまったのが申し訳ない。


 私の愛する遊園地もどんどんと変わっていく。それも、まるで嫌がらせかのように私と関係の深い場所が酷く変質している。どうしてこんなことになったのだろう……いや、嘆いても仕方がない。私は私にできることをしよう。』


『これを読んでいる者へ


 私はこの部屋から飛び降りようと思う。ここは2階だが、今の弱った状態なら十分死ぬことができるはずだ。原因である私が死に、この地獄が終わってくれたらいいのだが……。

 しかし、もし貴方がこれを読んでいるのなら、この行為に意味はなかったのだろう。すまない。


 どうか逃げてほしい。ここは楽しい遊園地ではない。ここは存在してはならない。

 どうか私の命でこの場所が消えますように。』


 このページ以降は白紙だ。

 人間が段々と狂っていく姿に気分が悪くなる。この日記の持ち主に何があったのか、ここに書かれている閉園した遊園地とこの遊園地は同じなのか、頭に色々な疑問と考察が浮かぶ。……そのせいで気付けなかった。


「陸!!」


 体に何かがぶつかる衝撃。陸は勢いのまま横に倒れた。体の痛みに耐えながら見ると、バタークッキーが抱き付いている。気を抜いていたとはいえ、小学生の女の子が男子高校生を倒したのか?火事場の馬鹿力とは凄いものだ。

 バタークッキーは頭をバッと上げて陸を見る。


「何をやっているんですか!?逃げな──」


ゴンッ


 次の瞬間、バタークッキーは誰かに頭を殴られた。体は簡単に飛んでいき、大きな音を立てながら棚にぶつかる。そして動かなくなった。殴ったのはイヌの着ぐるみだ。


「あっ……」


 一瞬の怯え。しかし直ぐに動く。

 近付いて来た着ぐるみに足払いをして体勢を崩す。そして、立ち上がろうとする着ぐるみに体当たりをした。抵抗できずに着ぐるみが倒れた先は、先程の大きな窓枠。ガラスがないこともあり着ぐるみは落ちていく。

 数秒後、ドスンッと大きい音が聞こえた。


「はぁはぁ……おい!」


 陸はバタークッキーに近寄る。気を失っており、頭から少し血が出ているが生きているようだ。持ってきていたハンカチで傷口を抑える。


(よかった、生きてる……けど、ここからどうしよう)


 陸の行動は着ぐるみ達に伝わっていることだろう。依頼者の子供を見つけて遊園地から脱出する前に、この建物から出る方法を考えなくてはならない。陸は頭を悩ませつつ、バタークッキーの体を背負い部屋を出るのだった。


          ♢♢♢


 時は少し遡る。陸達と別れた灯とマミは『ジャングルアドベンチャー』というアトラクション施設の前にいた。


「りっくん達大丈夫かな……」

「なぁに問題ないさ。陸が戦闘慣れしていなくてもフェリが一緒だ。むしろ、心配なのこっちの方さ。ちゃんと守っておくれよ?」

「もちろんです!戦闘はお任せください!先生は子供のことをお願いしますね」

「ああ。任された」


 胸を張りながら喋るマミと、笑いながら進む灯。陸とフェリのペアとは違い、気の置けない仲であることが伝わってくる。


 施設の中に入ると、早速アトラクション乗り場へ案内される。乗り物は木のボートを模していた。下には浅く水が張っており、その中にレールが敷いてある。


 乗り込むと直ぐに放送が入り、シーベルトをするよう言われた。大人しくシートベルトをして少し待つと、また放送が流れる。


「ここは楽しいアトラクション、ジャングルアドベンチャー!ジャングルの中をゆっくり進むので、是非景色を楽しんでください!」


 放送が終わると同時にガタンと音がしてボートが動く。スピードは遅く、これならよく周りを観察することができそうだ。


「おー!凄い!結構リアルですね。あ、ワニ!」


 『ジャングル』の名をしているだけはある。高い木や草と蔦も多く、一般的に思い浮かべるジャングルが上手く表現されていた。

 はしゃぐマミに、灯は簡単な相槌を打つ。そんな状態でしばらく進んだ時だった。


「このアトラクション普通じゃないですね。空間が異様に大きくて奥が見えない……いっそ降りて探します?」

「そうだね。それも考え……静かに」

「?」


 ボートがレールの上を走るゴトンゴトンという音だけが施設内に響く。しばらく耳を澄ましていた灯はパッと顔を上げる。


「左側、草を掻き分ける音。それに子供の声も」


 灯はそう言うが声も音も聞こえない。しかし、マミは勢いよくボートを飛び降りた。いつの間にシートベルトを外したのだろうか。その足に迷いはなく、灯が伝えた方向に走って行くのだった。

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