第4話

この家は朝になると

音が先に起きる。

ママが台所に立つ音。

水の音、何かを置く音。


ぼくは、それを布団の中で聞いている。


おねえちゃんは静かだ。

前から静かだったけれど、

いまはもっと静か。

同じ部屋にいても、

遠いところにいるみたいに見える。


おとうさんはいない。

いなくなった、というより来なくなったに近い。

そういうふうに感じる。


この家は、前より少し狭い。

おとうさんがいなくなって、

広くなったはずなのに。


壁が近いというより、

居場所が決まっている感じ。


ママはよく動く日と、

あまり動かない日がある。

動かない日は、同じ場所にいて、

ずっとそこにいる。

呼んでも聞いてないみたい。


おねえちゃんは

猫を撫でている。

ぼくも近くに座る。

三人で同じところにいるのに、

それぞれ別のことを考えているみたい。


学校で名前を呼ばれる。

ぼくの名前。


呼ばれると

体が少しだけ固くなる。

それが普通なのかどうかはわからないけど。

みんなに聞いてみたら違うみたいだ。


家に帰ると、ママは台所にいる。

おねえちゃんは部屋にいる。

猫はどこか高いところにいる。


ぼくは床に座る。

ここがいちばん邪魔にならない。

そう思ってる。


夜になると、

家の音が大きくなる。

足音、ドア、水。

どれも怒っているわけじゃない。

でも、怒ってるみたいに聞こえるんだ。


おねえちゃんは

あまり話さない。

でも猫には顔を近づける。

それを見ると、少し安心する。


この家で、ぼくは

だんだん小さくなっている気がする。

そう感じてるだけかもしれない。


でも、小さくなればぶつからない。

それはやさしいことだと思っている。

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