「鈍いって誰の事? 」(4)

5.回想・卒業と閉じられたアルバム

 そして、高校三年。最後の接点は卒業式だった。

 何の悔いもない高校生活だった。志望校にも合格した。

 式典後、クラスに戻ると、遥が友人たちに囲まれながらも、直哉の机に近付いてくるのが見えた。

「相沢君。合格おめでとう。卒アルに一言、何か書いてくれる? 」

「OK! 古谷さん、ありがとう。……この三年間の最優先事項がクリアできて、本当によかった! 」

 遥と女子達の顔に、まるで謎が解けたかのような、表情が広がった。

「……相沢君、ホントに優しい顔! ! ……そっか、そうだったの……プレッシャーから解放されてよかったね! 」

 直哉は頷き、渡されたボールペンで、ありきたりの言葉を書いた。

 返された自分のアルバムを開くと、遥のメッセージは短い一文だった。

「君へ」

 直哉はパラパラとページをめくった。

(ん? 前にこの字を見たような気がする……)

 しかし、もはや照合するものがない。確証は永遠に得られない。


6.現在・再び居酒屋

「古谷さん、結婚したんだって? 」

 焼き鳥を頬張りながら、健太は答えた。

「五年くらい前だったかな? 薬局の嫁で、今は院内遥さんか。あの店長より良い人なんて、いくらでも射止められたと思うがな~」

 健太はジョッキを揺らし、呆れたように笑いながら続けた。

「完璧すぎて、みんな本気で向き合えなかったんじゃないか? 」

 直哉は仮想問答をしてみた。

「例えば、彼女と付き合うとして……あり得んな。まったく想像できない」……すぐに諦めた。

「なんでだよ」

「院内さんは俺たちと同じ組成じゃない。住んでる宇宙が違う。……もう一回……やっぱり無理。さっぱり想像できん」

 直哉は枝豆に手を伸ばしながら、首を横に振った。

 直哉にとって、遥は美しき異星人であり、観賞すべき芸術品だった。

 健太は深いため息をつき、憐れむような目を向けた。

「お前な、『強気な照れ隠し』も大概にしろよ。十年経ってもその姿勢貫くとか、お前マジで何なんだよ」

「は? 何言ってんだ、健太」

「お前は当時から、どこか世間とズレてた。女子から聞いたぞ。古谷さん、いや院内さん、お前のズレを面白がっていたんだと。どうせ論理で否定するんだろ。ま、誰も信じねーけど。……あーそして、女子が言ってた」

(俺のズレ? ……部長のズラじゃないんだよ)「何を? 」

「……『相沢君、鈍い』って。そしてカワイイってな。お前が彼女だけのために大苦戦してまで問題を解いてあげたって。女子は『絶対に特別扱いだよ』って断言してた。」

「まったく意味が分からない……」

「でもな~、相手があの院内さんじゃなー。お前と同じで、誰でも気後れするよ。俺も全然想像できん」

 健太は一人で納得して頷いている。

「それはそう」

 直哉は苦笑いで会話を打ち切った。


 ざわめく店内の空気が、ふと変わった気がした。

(気圧が変わった? ……音の聞こえ方がおかしい)

 直哉の背後に、誰かが立った気配がする。

 店員かと思ったが、注文を取りに来る様子はない。

 ふわりと、記憶の底にある香りが鼻をかすめた。

(……薄暮……夕焼け……数学……「カチ、カチ」……「マジック? 」……古いノート)

 直哉の背後、スレンダーな女性のシルエットが立っていた。

 傍らには、四歳くらいの女の子の手を引いている。

 店の入り口からの逆光で顔は見えない。

 だが、そのポニーテールが光の粒を含んで揺れているのがわかった。

 健太が口を開けたまま固まっている。

(どうした? 健太……お前のお母さんでも来たのか? ……いや、違う! )

 直哉が振り返ろうとした、その瞬間。

 女性の茶化すような、悪戯っぽい声が背中に降ってきた。

「鈍いって、誰の事? 」


 十年程前、薄暮の中で、確かに、間違いなく、すぐ側で聴いたことのある声!

 彼の中の美しい記憶が今、鮮やかによみがえった。

「えっ? 」

(完)


 ……という物語を書いた。我ながらよく出来た! ……と思っていた。得意げに自己満足のキャッチコピーまで作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る