第10話 猪肉

「ンあぁ!」

母ドラゴンの言葉に首を振ったのは、意外にもごんたろだった。


母ドラゴンの膝から飛び立つと、わたしの胸元にしがみ付いた。

そして言った。


「まま……!」


「なんと……!」

母ドラゴンは衝撃を受けた顔をした。


「やはり……自分の手元で孵すべきであったのじゃろうか……」


見るからに落ち込んでしまった。

ごんたろをここに置いていったのは、無事に生かすための選択だったはずだ。

少し母ドラゴンが気の毒になる。


膝を抱えて座り込み、動く気配がない。

なんだかすごく気まずい。


ごんたろも狼狽えて、母ドラゴンの傍をうろうろしている。


「あの……よかったら、一緒にごはん食べませんか?」


「何も、食べとうない」


母ドラゴンはただうなだれる。


こうしていても仕方がない。

とりあえず、自分たちは頂いた猪肉を網で焼くことにした。


肉の焼ける匂いが漂う。

ごんたろは途中から母ドラゴンよりも猪肉が気になって仕方なさそうだった。

母ドラゴンも猪肉が気になるのか、じっと見ている。


親子だな。


やがて肉が焼けると、ごんたろと母ドラゴンにも取り分け、前に皿を置いた。

母ドラゴンは肉に向かって姿勢を正すと、祈りを捧げるかのように数秒目を閉じた。


「頂こう」


母ドラゴンは手掴みで猪肉を食べ始めた。

ごんたろもあぐあぐと食べる。


わたしと新島も頂く。


前に牡丹鍋は食べたが、焼いただけのジビエというのは初めてだ。

少し味に警戒していたが、猪肉はとても美味しかった。


「そうじゃった。ここで作る飯は、炎の精霊の加護があるのじゃった」


母ドラゴンが懐かしむように言った。


「炎の精霊?」


「わからんか? ここに強力な火の精霊がついておるじゃろ。ここの火で料理を作れば、精霊の加護が宿り、食せば強い気を得られる。魔力を持つものならば、手負いでも回復が早くなる」


「それって、囲炉裏に居るっていう神様のこと……?」


「あー。だからごんたろ、囲炉裏で料理したんが妙に好きやったんかもなぁ」


「ごんたろ? それは我が子の名か?」


「あ、えっと……はい」


母ドラゴンは少し目を閉じて何かを考えた後、

「よかろ」

と言った。


「聖獣のまもりもあるようじゃしの」


そう言ってごんたろが気に入っているハシビロコウのぬいぐるみを見る。


「聖獣?」


「我らの森に平和と豊穣をもたらす尊き聖獣じゃ」


どうやら、ハシビロコウはその聖獣に似ているらしい。


「だからごんたろ、最初からコウに懐いとったんやなぁ」


「いや、わたしはビジュアルがハシビロコウなわけじゃないから」


“ハシビロコウ”はあくまで高校の時のあだ名だ。

ごんたろがわたしに懐いたのは、最初に見たのがわたしだったから……って、それは鳥か。


母ドラゴンは何かを決意したように、改めてごんたろに向かうと言った。


「吾子や。もうしばらくはここで暮らすが良い。母も時折、見に来るでな」


そう言った顔は、やはりどこか少し寂しそうだった。

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