第2話 2.My first café au lait(1)
1. その距離、少しだけ
「えっと……ここは竹内さんがボール持ってるんだよね……。
あ、違う。シスの池田さんがマサカリ飛ばしてたんだっけ……」
机の上に広げた仕様書を前に、私は小さくため息をついた。
困ったな……。
山本瑞葵。
ゲーム制作会社でSEをしている、ちょっと背の低い社会人だ。
そのとき、背後からこちらに向かってくる足音がした。
「あー、それ多分ね——」
ドキドキ……
「仕様、ちょっと前に変わったんだ。哲平社長から指示下りるはずだよ、瑞葵ちゃん」
ドキドキ……
「瑞葵ちゃん?」
久遠君の優しい声が耳元で聞こえる。
右側が、熱い。
思わず横を向くと、目の前に久遠君の顔が……。
「う、うん。聞こえ、てる。ありがと、う」
顔が近い!上手く喋れない!
息もできているか、自分でもわからない。
心臓の音が、周りに聞こえていないか心配になる。
「うん。困っているときはお互い様だろ」
そんな笑顔で言われたら、胸がくるしくなる。
「う、うん。いつも、ありが、とう」
小さな声だが、ちゃんとお礼を言えた。
「どういたしまして」
そういって自分の席に戻る彼の後ろ姿は、とても輝いて見える。
背が高く、均整の取れた体格。
以前スポーツをしていたことがあったと、周りのキラキラ女子さんたちが噂をしていた。
(たしか、バドミントン?だったと思うのだけど)
気になるのに聞けない。気弱な性格で、ついつい人と距離ができてしまう。
何とかしたいと思うけど、そんなすぐに性格が変わるわけでもなく、いつも遠目で彼の後ろ姿を追いかける。
久遠・リアム・健太郎君は、同期の一人でプログラマーだ。
お母さんがスイス人というハーフだ。髪色が少し茶色っぽく、目も色素が薄く少し緑がかっているのをさっき見てしまった。
(睫毛も長かった……。鼻筋も通ってて、右目の目尻のところに黒子があった)
とてもきれいな顔立ちで、背も高いからとても目立つ。
なのに、彼の周りには女性より男性が多く集まる。
(キラキラ女子さんたちが「近寄れない!」って言っていたのよね。どうしてなのかな?)
プログラマー男子の集まりの空気感に、キラキラ女子たちが入れないということがわからない瑞葵。彼女もオタク気質なのだ。
ふと、暗転したPCモニターに映る自分を見て、前髪を触る。パッとしない顔立ち。髪も少し癖っ毛で、長年ボブヘアー。150cmをちょっと越したくらいの身長にメリハリのない体系。服を買いに行っても中学生に間違われ、流行の服も似合わない。
はあ……
少し大きなため息をつく。
(いけない、いけない。落ち込むのはだめ。私は私よ)
“ぺちっ”っと小さな手で頬に気合を入れる。
(コツコツ型の人見知りの自分に今の仕事があっていると思うし、兄のおかげで好きなゲーム制作会社に就職できた。これ以上望むとか、贅沢よ)
自己肯定感の低い瑞葵は多くのことを望んだり期待しないようにしている。ダメだった時に傷つかないように……。
それでも、少し思ってしまう。
――いつか、緊張せずに話せる日が来たら……
その時は、ちゃんと顔を見て笑えたらいいな。
飲めるあたたかさになるまで ――あなたの隣を歩きたい―― 蒼宙つむぎ @jun05
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