第1話 最初の名付け
名付け学院の大広間は思っていたよりも静かだった。
天井は高く、白い石で作られた床には円形の紋様が刻まれている。
その中央に立つために、僕、ルシェルは列から一歩前に出た。
ここが、入学式。
そして、最初の名付けの儀式。
この学院に入る者は例外なく、ここで最初の名を与えられる。
名前は自分で選べるようで、選べない。
教師たちが、その人間を見て、測って、決める。
それが、名付け。
壇上には何人かの教師?
が並んでいた。
おそらく服装から見て教師で間違い無いと思う。
中央に立つのは、学院長代理と紹介された女性だ。
年齢は分からない。
表情は穏やかで、視線だけがやけに鋭い。
「次。ルシェル」
名前を呼ばれ、心臓が一つ大きく鳴った。
無意識に背筋が伸びる。
願う名は、もう決めている。
前に立つと、円陣の紋様が淡く光り出す。
視線が集まる。
新入生全員と、教師全員の視線。
「望む名はあるか?」
ああ。
なんて形式的な問いなんだろう。
答えたところで、与えられる名に直接反映されるとは限らないのに。
それでも言わなければならない。
乾いた喉をごくりと鳴らして僕はゆっくりと答えた。
「・・・『集中』」
一瞬、空気が止まった気がした。
派手じゃない。
戦闘向きでもない。
でも、悪くない名だと思う。
想像力を高め、思考を一点に集める力。
努力を支える力。
それが僕の思う集中だ。
地味でも、使いようはある。
それでも、その名前に学院長代理が首を縦に振ることはなかった。
「不認可」
あっさりとした一言だった。
胸の奥が、少しだけ冷えた。
まあ、そうだろうな。
そもそも期待していなかったし。
「では、与える名を告げる」
改めて姿勢を正す。
円陣の光が強まる。
紋様がゆっくりと回転し始めた。
「ルシェル。
汝に与える最初の名は・・・」
一瞬の間。
そして、
「『気分転換』」
・・・え?
理解が、ワンテンポ遅れた。
気分、転換?
ざわ、と周囲が揺れる。
誰かが小さく吹き出す音がした。
正直な感想が、頭に浮かぶ。
えー。
まじか。
集中と似ているものが来たことに喜ぶべきなのか、はたまた抽象的なわかりにくいものが来たことを嘆くべきなのか。
反応にとてつもなく困る。
いや、期待はしてなかった。
してなかったけど……。
自分で言うのもなんだが、微妙すぎないか?
『集中』ですら扱えるかわからなかったのに。
それよりさらに抽象的で、挙げ句の果てに戦いようのない名。
円陣の光が、僕の足元から身体へと昇ってくる。
非情にも、拒否する間もなく名は刻まれてしまった。
教師の一人が淡々と告げる。
「貴様の番はもう終わっている。
さっさと退け」
「えっ?あっはい。ごめんなさい」
後ろを見ると何人かが列から身を乗り出してヤジを飛ばしている。
「早く退け」
と。
……了解です。
どうやらしばらく放心していたようだ。
最初から期待はしていなかったんだけどな……。
僕はそのまますでに儀式が終わった人の列に並んだ。
後ろを見ると、次の名付けが行われている。
『発火』
『防御壁』
『体力増強』
分かりやすくて、強そうな名ばかり。
その中で僕の名はあまりにも静かだ。
『気分転換』
う〜ん。地味。
学院では、おそらく、と言うよりも確実に下の方。
「……まあ」
小さく息を吐く。
与えられた名は、選べない。
でも、どう使うかまでは、決められていない。
少なくとも僕はそう言うことだと思う。
最後の名付けが終わると、広間の空気が少しだけ緩んだ。
壇上に残った学院長代理が、一歩前に出る。
「よく覚えておきなさい」
声は穏やかだが、はっきりと通る。
「与えられた名に、当たり外れはありません」
ざわめきが走る。
僕の隣の生徒が、分かりやすく眉をひそめた。
「名が具体的であるほど、扱いやすいのは事実です。
剣、炎、力。
それらは想像しやすい」
頷く生徒が多い。
「ですが、抽象的な名は弱いわけではない」
学院長代理は、視線をゆっくりと広間に巡らせる。
「抽象的な名ほど、使い手の理解力と想像力に委ねられます。
どういう状態を指し、どこまでを含むのか。
それを定義できるのは、名を持つ本人だけです。
そして、名は使えば使うほど、馴染みます
長く付き合い、繰り返し用い、失敗し、修正する。
そうして名は、あなた自身のものになる」
学院長代理はそこで一度言葉を切ると再び広場を見渡した。
「初期の優劣は、絶対ではありません」
・・・建前としては、なるほど、だ。
でも。
周囲の反応は正直だった。
ひそひそと交わされる声。
視線は、強そうな名を得た生徒へと集まる。
「結局、分かりやすい名の方が得じゃない?」
「抽象的とか、扱いづらいだけだろ」
小声の本音が、あちこちから漏れてくる。
僕は、自分の胸の内に刻まれた名を意識した。
『気分転換』
壇上から降りた学院長代理と目があった。
先生の視線が細められる。
僕は口角が上がるのを抑えられなかった。
名は、教えられるものではない。
要は使い方だ。
おそらくそういうことを言っている。
それがこの学院で求められている。
いいよ。
やってやるよ。
ああ。
楽しみだ。
ここだったら僕が求めているものが見つかるかもしれない。
名付けの檻 探 KKG所属 @10101067
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