再会
——声を思い出せないとき、人は本当に会ったと言えるのだろうか。——
再会は、予定されていなかった。 少なくとも、私の側では。
駅だった。 硝子が多く、人の流れが絶えず、 音が反射して、どこから来たのか分からなくなる場所だ。 現実にしては、出来すぎている、と 一瞬、思った。
人混みの中で、 君は、立っていた。 立っていた、というより、 映っていた。
私は、すぐに名前を呼ぼうとして、 やめた。 声が、喉の奥で、形を失ったからだ。
君は、少し痩せたように見えた。 あるいは、 私の記憶の方が、 少し太っていたのかもしれない。
「久しぶりだね」
君は、そう言った。 その声を、私は聞いた。 確かに、聞いたはずだった。
だが、その声が 高かったのか、 低かったのか、 乾いていたのか、 濡れていたのか、 思い出せない。
私は返事をした。 返事をしたと思う。 言葉は、通じた。 通じたからこそ、 不安になった。
君は、生きていた。 目の前にいて、 歩き、息をし、 こちらを見ていた。
それなのに、 私は、 君が本当に ここにいるのかどうか、 確信できなかった。
周囲の硝子に、 私たちは、何重にも映っていた。 歩く私、立ち止まる君、 知らない誰かと重なった 輪郭の薄い影。
私は、 声の巣の外に出たはずだった。 少なくとも、 今は、硝子を伏せている。 通知は鳴らない。 算盤の音もしない。
それでも、 私は、 この再会が、 どこかで 見出しになっている 気がしてならなかった。
君は、何かを言いかけ、 やめた。 その間を、 私は、覚えている。
覚えているのに、 その間に、 どんな呼吸があったのか、 思い出せない。
私は、君の顔を見ていた。 だが、本当に見ていたのは、 顔だったのか、 それとも、 かつて知っていた「君」という像 だったのか。
別れ際、 君は、 「元気で」と言った。 ありふれた言葉だ。 だからこそ、 現実らしいはずだった。
私は、 その言葉を、 胸のどこに 置けばいいのか、 分からなかった。
改札を抜け、 君は、人の流れに 溶けていった。 溶けていく背中を、 私は、追わなかった。
追わなかったのは、 現実だからだ。 現実では、 人は、 簡単には追えない。
それとも、 追えば、 この再会が、 確定してしまうのが 怖かったのかもしれない。
私は、 その場に立ち尽くし、 ようやく、 一つのことに気づいた。
私は、彼の本当の声を、 もう思い出せなかった。
声の高さでも、 癖でも、 笑う前の、 あの、わずかな間でもない。
思い出せなかったのは、 声そのものではない。 声に触れていた感覚だ。
私は、 彼に会ったのだろうか。 それとも、 声の巣が、 最後に用意した 像を、 見せられただけなのだろうか。
答えは、出なかった。 出なかったが、 私の中で、 何かが、 静かに、 終わった。
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