第4話 男の誇りがレッドアラート
「……マジか?」
一言呟いてから自分の置かれた状況を整理した。
客観的に見ると、男子校で女装している変態というのが今の僕だ。誰かに見つかりでもしたら、明日からの僕はこの学校での居場所はなくなる。
冷や汗が背中を伝う気がした。脚もスースーする。
ひと気のない廊下を一気に駆け、階段、昇降口をコソコソと抜けて旧焼却炉に着いた。焼却炉の表面の金属部分は赤く錆びていて、かなりの年季物だとうかがえる。
ゴミ投入口を開くと、地中深くに延びた梯子がうっすらと見える。
遊園地のアトラクションと見まがうような作りに感嘆しつつ、早く身を隠したいという思いから、躊躇なくそこに体を滑りこませた。
十メートル以上の梯子を下りると、ひんやりとした空間に裸電球の灯りが一つ。そこから伸びているであろうトンネルの先は暗くて何も見えない。
梯子のすぐ横に、小さな突起を押すと取っ手が飛び出して開けるタイプの金属パネルがあり、開けてみるとそこには『一』から『八』とナンバリングされたボタンがあった。
その全てが
確か五番だったな。『五』のボタンを押すと、僕がこの先進むべき場所への道しるべのようにトンネルに沿って裸電球がライトアップされた。
ガコン、という重い音と共に空気が流れる。
アクションホラーゲームで見たことあるような造りだ。
恐る恐るその裸電球のアーチをくぐっていくと、一つの昇りの梯子に行き着いた。
カンカンと音を響かせて梯子を昇った。
行き止まりの蓋を開けると、そこは鈴女の体育倉庫の裏のようだ。蓋を戻してカムフラージュの雑草を戻す。そして校庭を見渡す場所に出る。
そこは――
鈴高の男くさい雰囲気とは、まるで別世界の景色が広がっていた。
白を基調としたモダンなデザインの校舎は陽光を反射してキラキラと輝き、自分と同じ制服を纏った女子たちが、無垢な会話に笑みを浮かべている。
きっと美味しいパンケーキの店とか、可愛い猫の動画などの罪のない噂話で盛り上がっているのだろうな。知らんけど。
僕はニーソに付いた土埃を軽く払い、イヤな緊張感に苛まれながら、女性らしい所作で歩き出した。
左手の甲を右手で前に握る。校庭を横切っていくと下校する女生徒の密度が濃くなってきて、僕を二度見する生徒もでてきた。
どうか彼女には見つかりませんように……と祈りながら顔を伏せ気味に昇降口へと向かった。
その祈りが通じたのか、彼女にエンカウントすることはなかった。
「ねえ、ご覧になって。あの方、どこのクラスの方かしら?」
「わたくしたちと同じ新入生のようですけど、外部入学組かしら?」
「何て華麗で雅な立ち居振る舞いでしょう……」
――などという声が耳に入る。
彼女に会うことは避けられたものの、昇降口にまで達すれば僕と同じく入学式とオリエンを終えた一年生の視線からは逃れようもない。
ここは羽生会長に言われた通りの対応で切り抜けるほかないのだろうか。
僕は意を決して声帯を女声にチューニングし、飛び切りの笑顔を作った。
「み、みなさん、ご、ごきげんよう。お気をつけてお帰りください……」
永遠に感じる一瞬の間を置いてから、女生徒達はようやく反応してくれた。
「ご、ごきげんよう!」
みんな頬を赤らめて昇天しそうになっていた。
皆が顔を赤らめるほど、僕の男としての誇りはレッドアラートを点灯させる。
女装姿で女の子をメロメロにさせるスキルなんて、僕には全く不要だ。
「そ、それでは失礼致します……」
長居は無用とばかりにシャイな女の子よろしく、再び顔を伏せ気味にして万引き少年のような心持ちで昇降口をくぐった。
校舎内に入ると人影はまばらではあったが、僕への視線が一層痛く感じる。
みんな口々に、麗しいだのお美しいだの、文字通りの美辞麗句を囁きあっていた。僕が女ならば、さぞかし鼻高々なことだろうな。
さて敵の本拠に潜入したものの、羽生からの具体的な指示はない。合同体育祭とやらの情報を掴む余裕なんざ一ミリもない。
正直ここで何をしたらミッションコンプリートなのか皆目見当がつかない。僕は当てもなく廊下を徘徊するほかなかった。
一階は三年生の教室が中心だ。A組、B組と順に教室内を見渡したが、すでに誰もいなく、コロンやシャンプーの仄かな残り香が嗅覚を刺激するのみだ。
圧倒的な女の子の匂いに、よく分からない脳内物質が分泌される。
フローラル? シトラス?
いや、これは「女子高生」という成分の香り……
――って、いかん、これじゃあただの変態だ!
首を振って雑念を振り払い、各教室をガラス越しに見るだけの流れ作業をしていくと、扉が開け放たれている教室があった。
三年E組の教室だ。周囲に他の生徒が居ないことを確認してから教室内を覗き込むと、窓際前方の席に人影が一つ。
「……」
窓からは微風と共に桜の花びらが入り込み、その女子のブルネットの髪を微かに揺らしていた。
そこだけ時間が止まっているようだった。
まるで完成された一枚の宗教画を見せられているかのような錯覚。
そんな風情を意に介さず、その女生徒は物憂げな表情で肘をつき、外をじっと眺めていた。
僕は思わず息を飲み、その姿に目が捕らわれて石化したように動けなくなった。
恐ろしいほどの美人だ。
しかし、何か良いことが起こりそうな予感がするほどのうららかな春の日差しに対して、彼女の憂いを帯びた瞳があまりに不釣り合いで、見ているだけで胸が締め付けられる。
彼女から目を離せずにいると、その頬を一筋の光が伝った。
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