第3話 女装スパイ誕生
羽生は笑顔のまま、僕の眼前にその制服を差し出した。
「さあ舞央ちゃん、これに着替えて」
「あ、あの、その前にひとつ、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「ダメー。話はこれを着てから」
にべも無く僕の願いは却下された。僕は胃から何かがせりあがってくる感じがした。
まさか女顔の僕に女装をさせてから、再び脱がせるとかのマニアックプレイでもするつもりなのか!?
剥がされた僕の学ランは、人一倍ガタイの大きい
ご丁寧にもブラジャー、胸パッド、亜麻色のセミロングのウィッグ、クマさんの髪留め、白のニーハイ等の女装キット一式が揃っていた。
役員たちに見守られ、嫌な動悸を感じながら僕はそれを身に付けていった。
スースーするスカートの裾、締め付けられるニーハイのゴム、そして違和感しかない胸パッド――。
生徒会室内は、僕が女子の制服を着る衣擦れの音だけが支配していた。
「「「おぉ……」」」
僕の服を剥ぎ取った先輩たちが、野太い感嘆のため息を漏らしやがった。
「ほほぉ……。これは想像以上だね」
羽生も感嘆の声を上げた。
ふと窓ガラスに映った自分を見やる。
「……」
そこに映っていたのは、どう見ても可憐な美少女――僕の姿だった。
「……で、あなたたちは、一体僕に何をするつもりなんですか!」
再び襲い掛かろうものなら、窓から飛び降りて誇り高き死を選ぶのも辞さないぞ!
「イイじゃない! そのツンデレを仄めかしたイラつき具合も実にイイよ! 入学式でキミを見た瞬間、ビビビと感じるものがあったが期待以上だ!」
羽生はサムズアップして満足げに笑みを浮かべた。
「ただ主語が違うな。僕たちがすべきことは終わった。ここから何かをするのは舞央ちゃん、キミだよ」
「……どういうことですか?」
羽生は扇子を畳んでパシンと手のひらに収め、それを僕を指して言い放った。
「キミにはわが
僕は耳を疑った。
「なっ、なんですか、特別諜報員て!?」
「そのままの意味だ。まあ心配には及ばない。その姿のキミは女の子にしか見えない。鈴女の校舎を歩いていても、誰にも違和感を抱かれないことは保証する」
「僕が聞きたいのは、どうしてそんなことをしないといけないのかってことです!」
「理由なんて決まり切っているじゃない。僕達は鈴女と戦争をしているんだ。それに勝つため、舞央ちゃんに働いてもらうだけのことだ」
羽生は冷淡に言い放った。僕は担任教師の言葉を思い出した。
「……戦争って、ひょっとしてレクリエーションとか何かってやつですか?」
「うん、言い得て妙だね。戦争なんて物騒な物言いよりもずっと楽しそうだ」
羽生は機嫌よく頷いていた。
まるで、僕がこのまま女装スパイの任を拝命することが予定調和であるかのようだ。
「冗談じゃありません!」
僕はウィッグを外して床に叩きつけた。
「やるわけないでしょう! 僕は男らしくなるためにこの鈴高に入ったんであって、女装スパイに身をやつすためじゃありませんから!」
ニーハイを乱暴に脱ぎ始める。男たちに囲まれて女物の衣服を脱ぐことは思いのほか恥ずかしかった。
『生徒会会則第一条――』
羽生は目を瞑って、扇子であおぎながら何やら
『生徒会長は学内における絶対神であり、学園長代行の権力を有する。その言葉は即ちあらゆる権力による言葉よりも重きをおくべし。従わざる者は退学に処す』
言い終えてから、扇子をパチンと閉じた。
「舞央ちゃん、これは知ってた?」
僕を翻意させるためのでまかせだろう。全くリアリティがない。
「生徒会長とはいえ、一生徒を退学に出来るほどの権限なんかあるわけ――」
「残念ながら、ここは鈴木高等学校。世間の常識なんて通じない高校だ」
僕の言葉を遮って言った羽生の顔は、それがブラフでないことを雄弁に語っていた。
世間の常識が通じない高校。それは学園長の訓示で身に染みたばかりだ。
僕は寒い日のプールから上がった時みたいに顔面蒼白になった。
「そんな顔しないでよ。君はまだ完全な拒絶の意思は示していない。だから僕もまだ権力を行使しない。……で、改めてどうするか、返事を聞かせてもらえるかな?」
僕に対し、羽生は脅迫気味に最終意思確認をしてきた。
投了だ。
「……謹んでお受けいたします」
「賢明な判断だね。この件は学園長にも話を通しておくから存分に働いてよ」
『拝啓 母上様
男らしくなると意気込んだ鈴木高等学校入学初日、僕は女装スパイとして働くことになりました。 敬具』
「それじゃあ、せっかく着替えたことだし早速、鈴女の様子を見に行ってこようか。来月開催される合同体育祭の情報が得られたら儲けものだけど、無理しない程度でね」
羽生は感傷に浸る時間さえ僕に与えてくれない。
「校舎裏の旧焼却炉に『レンコン』という、鈴女へ通じるトンネルの入り口がある。そこの五号坑を使うといい」
なんだその名前。穴だらけってことかよ。
そして鈴女の制服のまま部屋を追い出された。
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