第2話 ベルリンの壁

 学園長による、入学許可の挨拶でのことだ。


「今年鈴女ベルじょに負けたらわしは腹を切る! 貴様らも全員殉死することになる! ゆめゆめ忘れるでないぞ! 日本男児の意地を見せてやれ!」


 僕が鈴木高等学校の異常さを初めて知ったのは、この学園長による殉死を強要する訓示からだった。

 当然、その後のクラスでのオリエンテーションで、事情を知らない他の新入生がそのことについて担任に質問をした。


「ああ、あれね。そのうちわかるよ。まあ、レクリエーションみたいなものですね」


 眼鏡をかけた、もやしっ子の担任教師は苦笑いを浮かべてそう言った。

 腑に落ちない空気が漂ったが、腹を切るだの殉死するだの、昭和生まれの古い人間が少し誇張して緊張感を持たせるための脅しだろ。

 僕を含めてほかの生徒もそう合理化して考えたようだった。


 その後、新しいクラスで部活の話やら自己紹介やらをしてから解散となった。自己紹介している最中、何人かのクラスメイトが顔を赤らめて呆けたように僕を見つめていたのは気のせいだと思いたい。


 オリエンも終わって帰宅しようと校舎を出ると、温かい春の風が校庭の周囲にある桜を存分に散らしている。


「いてっ!」


 風流と呼ぶにはほど遠いような突風のせいで、目に砂が入った。風上に背を向けて目を擦った。ようやく砂が取れて目を開けた。


「……ん?」


 すると今度は砂の代わりに、校庭の西のはしに万里の長城かと見まがう灰色の壁が目に入った。今日校門をくぐったときは緊張していたせいなのか気づかなかった。


 しかし、入試でここを訪れた時、こんなものはなかったはずだ。


 まるで催眠術にでもかかったかのように、僕はその壁に吸い寄せられていった。

 壁に手を触れると、コンクリートの冷たさが一瞬にして身体全体に広がった。


「これが鈴鈴ベルリンの壁だ」


 背後から掛けられた声に振り向くと、そこには扇子をぱたぱたと揺らした眉目麗しい金髪の男子がいた。


 甘いマスクに、理知的な瞳。男子校のむさ苦しさとは無縁の、少女漫画から飛び出してきたような男――確か入学式のときに壇上で祝辞を述べていた人だ。


鈴鈴ベルリンの壁?」

「そう。鈴木高等学校と鈴木女子学院を、近くて遠いお隣さんにしている壁」


 なんのこっちゃ。


 ここ鈴高りんこうは男子校で、隣の鈴女ベルじょは女子校だ。

 いくら昔は一つの学校だったとはいえ、直接行き来できないのは当たり前だ。

 まあ、必要以上に威圧感のある重厚な壁だとは思うけど。


「この壁、入学試験の時にもありましたっけ?」

「この壁は受験生を威圧するからね。その時は地中深くに沈んでいたんだよ」


 地中に!? 沈むの!? この巨大な壁が!? サンダーバードの秘密基地かよ!


 一体何のために?


 首を傾げている僕を見て、彼は人たらしな笑顔で自己紹介をしてきた。


「僕はここ鈴木高等学校の生徒会長、三年の羽生はにゅうおさむだ」


 そうだ。たしか挨拶でそう名乗っていた。


 だが、カースト最上位の生徒会長が、どうして僕なんかに話しかけてきたんだ? 

 そんな疑問はさておき、僕も名乗り返した。


「僕は……く、熊谷くまがい――」

舞央まおちゃん。入学式でキミの名前が読み上げられるのを聞いていたから知っているよ」


 いきなり僕のコンプレックスであるファーストネームを口にすると、羽生はぱちんと扇子を閉じて続けた。


「突然だけど、キミ、生徒会に入らない?」


 羽生生徒会長にそうオファーされた瞬間、再び突風が吹いて桜吹雪が舞った。まるで僕を後押しするかのようだった。


 僕は男らしくなるために、この高校に入学したのだ。そのトップに君臨する生徒会からのお誘いだ。うれしくないはずがない! 


 僕は一も二もなく、その申し出を受けた。何故僕をスカウトしたのかなんて疑問は、完全に思慮の外にあった。


 しかし、あとになって考えるとあの桜の精による風は後押ししてくれたんじゃなくて、僕を思いとどまらせようとしてくれたのだろう……。


 羽生に連れられて共に生徒会室に入ると、そこには四人の生徒会役員と思しき先輩たちがいた。


――ガチャ、と背後の羽生が部屋のカギをかける音がやけに大きく聞こえた。


「え?」

「じゃあ、みんなやっちゃって」


 羽生がそう号令すると、ほかの生徒会メンバーが僕を一気に取り囲んだ。


「え、ちょ、何ですか? 何するんですか? ちょっと、ホントに……」


 そしてあろうことか、嫌がる僕の衣服を寄ってたかって剥ぎ取っていった。僕は微弱な力で抵抗したが多勢に無勢だ。


「おとなしくしないとその柔肌に傷がついちゃうよ。なぁに、天井のシミの数でも数えていたらすぐ終わる」


 羽生は横で高みの見物を決め込んでいた。モルタルの天井にシミなんてねーよ。

 おろしたての真新しい学ランが、シャツが、そしてベルトもかちゃかちゃと音を立てて外される。

 刑務所で新入りの受刑者がカマを掘られるという都市伝説を思い出し、恐怖と絶望感が全身を支配した。


「きゃああああああああああ」


 僕は甲高いソプラノの悲鳴を上げた。


 副会長の戸田とだがズボンを剥ぎ取り、最後の砦であるパンツに――までは手をかけなかった。

 他の面々も、これで仕舞いと言わんばかりに僕から離れた。


「……え?」


 一先ず安堵したが、羽生を見るとその手には綺麗に糊付けされた衣服があった。


 それは今朝登校中にも何度も見かけた、お隣の鈴木女子学院の制服だ。

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