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 影属性の精霊術。カナタを油断による危機から救った術はそう呼ばれている。

 希少属性に分類される影の精霊の力を借りることが出来るものの、しかし当の本人にとっても今ひとつその存在が判然としない力であった。とはいえ、希少属性使いはそもそも数が少ない上に同じ希少属性の使い手が同じ時代に存在することもさらに輪をかけて数が少ないために、こういった良く分からないが力としては振るえるというカナタのスタンスは希少属性使いとしては珍しくもなかった。

 

 「首周りでは一番やわらかい所に当たっていたのか。まぐれ万歳だな」

 

 カナタは横倒しになったグレートボアの喉にある抉れた傷を見ながら、いかに綱渡りのような状況であったかを改めて実感する。

 カナタが影属性精霊術で扱えるのは杭と盾の二種類で、己の影から切り離せないため範囲も精々手に持った剣の少し先程度。加えて杭は硬いが威力は全力で振るうショートソードよりも少し弱く、盾は切り付けや引っ掻きには強いが強度そのものは木の板よりは少し硬い程度で衝撃には弱かった。

 

 とっさのことで杭を打ち出し、しかもそれが偶々骨にも弾かれることなくグレートボアを縫い止めることに成功したが、とっさに出したのが盾であれば強度が足りずに牙を脇腹で受け止めることになっていた可能性が高い。それ故にまぐれ万歳と口にしたのだった。

 

 

 

 「よしっと、反省終了。次からは気をつけます」

 

 呟いたことで気持ちを切り替えたカナタは、ことさらに軽快な動作で立ち上がり仕留めたグレートボアへと近づいていく。

 

 「しかしこいつはやはりおかしい。なんというか……、不自然なほどに必死だったな」

 

 便利屋としての経歴は一年しか経っていない未熟なカナタであったが、しかしそれでも未熟なりに頻繁に狩りへと繰り出してそれなりの数の戦闘経験を積んでいた。特にフモト周辺の丘陵地帯には猪とその魔獣であるグレートボアが多く、カナタの油断もその経験から脱力したグレートボアが絶命したと判断したが故であった。

 何らかの理由によって戦闘前からグレートボアは極度の興奮状態にあり、極めて昂ぶった精神が普通ではありえないほどのタフネスを発揮させた、と考えるのが可能性としては最も高いと思える。

 

 「そうなると、原因があるな。あるいは、“いる”かもしれないけど」

 

 グレートボアは魔獣の中ではさほど強い個体ではないため、他の魔獣や場合によっては強い獣と戦って負けてしまうことは珍しくもなかった。しかし魔獣化した獣は攻撃性が高くなるため、魔獣が一方的に追い散らされるなどということはほとんどありえないことである。

 

 「魔獣を追い散らすような原因となると魔力災害か……、しかしそれだけだとあの興奮状態の説明にはならないよな」

 

 魔力災害は原因こそ魔力偏在によるものであるが、おこる現象の大半は通常の自然災害と大きな違いはなかった。つまり暴風や豪雨、地震やそれに伴う地割れなどである。

 それらは魔獣を含めた生態系の大規模な移動を促すが、元より自然の中で生きる獣やそこから変じた魔獣が災害で精神にまで大きな影響を受けるものでもなかった。それこそ小動物なら別であったが、まして今回はグレートボアであったためにやはり災害以外の原因を予想せざるを得ない。

 

 「……、ここで考えていても分かるわけがないか。もう少し探索してから情報を店に持ち帰ろう」

 

 カナタは決して愚鈍ではなくむしろ頭の回転は早いほうであったが、ことじっくりと原因究明をするような思慮深さには少々縁遠く、さらには同僚と上司の頭脳に信頼を置いていたためこの場では情報を収集することに集中することを決断した。

 

 「そうなると、もう少し南かな」

 

 すぐに思考を切り替えたカナタは左の腰と腿につけたポーチを一度ずつなでると、町とは反対側、南へと歩き出す。

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