1-5
翌日、日が昇るとともにカナタは町の外へと出ていた。
「さて、様子はどうなっているかな」
独り言を呟きながら左の腰と腿にくくり付けているポーチを一度ずつなでる。
不安を感じているときのカナタの癖であり、それらのポーチの中にはヨウセイ族が頼みとする精霊術の発動媒体、符が入っている。右手で逆手に抜き取りやすいよう腰の後ろに取り付けられた黒いショートソードによる近接戦闘と、符による遠距離攻撃や搦め手、そして特殊な呪文が刀身に刻まれたショートソードを発動媒介とする希少属性の精霊術による奇襲、これがカナタの戦闘能力であり町の外での頼みの綱であった。
ヨウセイ族であれば大なり小なり精霊術は使えるが、一般的にその属性は木火土金水の五属性であり、それぞれの属性の精霊つまり自然そのものに力を借りて任意の場所に任意の自然現象を引き起こす。
しかしまれに五属性にあてはまらない希少属性と呼ばれる精霊に力を借りることができるものもいる。これらはあくまで希少であるというだけであり、即ち戦闘能力に優れるなどというわけではないが、一般的な五属性精霊術の使い手には出来ない事が出来るため重宝されていた。
「さっそく一頭目、やはり多い……かな」
町からさほども離れていない小高い丘の上に通常の個体に倍する体躯と不自然なまでに発達した牙を持つ猪、魔獣グレートボアの姿があった。何をするでもなく立ち尽くしているようにも見えたそのグレートボアは不意にカナタの方へと振り向き、尋常ならざる迫力の咆哮をあげる。
地を揺らさんばかりの咆哮に、しかしいささかも気圧されることなくカナタは右の逆手にショートソードを抜き放ち、同時に左腿のポーチから符を一枚抜き取ると同時に威嚇するグレートボアへと投げ放った。
「火をもって金を征する。発火!」
落ち着きをもって、しかし力強く発せられた言葉によって放たれた符がグレートボアの鼻先で炎上し、咆哮していたグレートボアの口内を焼く。
文字通りの焼け付くような痛みにひるんだグレートボアがその痛みを凌駕する怒りでもって突撃を敢行しようと正面をにらみつけた時、その対象がいないことに気付いた。
「遅いよ、のろま」
符を放つと同時に駆け出してグレートボアの左側面へと回り込んでいたカナタは、挑発めいた言葉を口の中でこぼしつつショートソードを順手に持ち替え、そのまま振り上げてグレートボアの延髄へと叩きつけるように振り下ろす。
断末魔の鳴き声をあげたグレートボアががくりと脱力したのを確認したカナタは一息つき、肩の力を抜いた。が、その瞬間グレートボアは絶命する直前の最後の生命力を振り絞り全力でその脚を踏みしめていた。
「まずっ」
どの道放置しても確実に死ぬであろうグレートボアの最後のあがきは、それだけに並々ならぬ気迫と怨嗟が籠められており、まだ若く未熟なカナタに判断を誤らせる。
刃が首筋にめり込んだままのショートソードの柄から手を離して距離をとれば良いと理解しつつも、強張ったカナタの右腕は意思とは反対にショートソードを握り締めてしまっていた。
グレートボアがその強靭な牙を振り回しながらカナタへと最後の突撃をかける瞬間、カナタは生存本能の命ずるままに握り締めたショートソードをより強く握りこみ力ある言葉を叫ぶ。
「影よ!」
ほとんど悲鳴のようなその言葉に応じて、カナタの足元、その影の中から真っ黒い杭が飛び出した。肉を抉る不快な音と共にその杭はグレートボアの喉へと突き刺さり、その牙がカナタの脇腹へ到達する直前で縫いとめていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁ」
一瞬のうちに乱れた息を大きなため息によってむりやり抑えつつカナタが脱力するのに伴って、影から飛び出した黒杭は溶けて消えるように姿を消し、続いて支えを失ったグレートボアの死体も今度こそ地面へと横たわる。
「危なかった、死ぬかと思った、油断したぁ」
首からショートソードをはやしたグレートボアがもう動かないことを観察しつつ、カナタはらしくない早口での独り言を言ってから額を濡らす冷や汗を袖口で荒く拭った。
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