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 もちろんフモトの町にも数多くの便利屋が存在し、日々依頼される魔獣退治や素材収集、またごくまれに発生する魔力災害への対処を担っていた。

 フモトは人跡未踏の大陸中央が比較的近い位置にあるため、町の南側には強い魔獣が多数発生し、時には未知の魔獣や魔力災害まであるために精鋭ぞろいの強力な便利屋が多い町となっていた。

 

 そんな中でいいとこ下の上、しかしやるときはやる、という果たして褒めているのか貶しているのか判断に迷う評価を得ている小規模便利屋『ヒノクルマ』。町を南北に貫く中央大通りから一本東側にある道に面して店を構える便利屋で、新参者でありながら中央大通りに近い立地であるところから一年前の開店当時は町の商人たちから注目を集めた。

 が、とりたてて大きな功績も失敗もなく、つつがなく開店一周年を迎えるにあたり町の商人達からの評判はその店舗の佇まいと同じく落ち着いたものとなっていた。

 

 しかし商人の中でも耳聡い者や同業の便利屋の間では店主の名は店名以上に有名であった。その店主はミズキ・カエン。火の精霊術の名家たるカエン家本家直系でありながら、生まれながらに手の届く範囲より遠くへ術を飛ばせないという欠陥を抱えていたために幼少の内に分家への養子という形で本家を追い出された不遇の人。男でありながら長い髪を丁寧に整え、化粧を施し、女性ものの服装をし、しかしながら持って生まれた眩い美貌ゆえに見るものにまったく違和感を与えない、変わり者。極めつけは放逐された先の家に独自に伝わっていた武術を修め、生みの親から欠陥と断ぜられた短射程の火の精霊術をもってして“火線”の二つ名で呼ばれるほどに力をつけた努力の人でもあった。

 

 

 

 「暇ね……。仕事が無いわ」

 

 カエン家の血を受け継ぐ証たる真紅の長髪の毛先をいじりながら、件の店主ミズキはつぶやいた。ため息混じりに吐き出されたその声は重厚でありながら艶があり、ホミネス王国の歌劇役者もかくやという美声である。

 その声質は神秘的な美女然とした見た目からは程遠く、しかし不思議としっくりとくる取り合わせであったが、残念なことに発言内容は神秘的でも重厚でもなんでもなく俗だった。

 

 「お金も無いですよ。今月の給料出なかったらアタシやめていいですか?」

 

 答える声は対照的に子猫の鳴き声のような非常にかわいらしい声、しかしその内容はやはり俗だった。

 大きな垂れ目を精一杯じっとりとさせてミズキを睨む少女の名はカスミ・アイラ。肩上までの明るい茶色をしたセミロングの髪を後ろで一房くくった小柄な少女で、声同様に非常にかわいらしい顔つきをしている。

 しかしいかにかわいらしくともヒノクルマのお金のやりくりや客との交渉を一手に引き受ける少女のやめる宣言はミズキを大いにあわてさせた。

 

 「そう言わないでよ。今月もきっとなんとかなるから」

 

 渾身の愛想笑いで場をごまかそうとするミズキであったが、答えるカスミは冷ややかだ。

 

 「なんとかなる、じゃなくて、なんとかしてください」

 

 抑揚がなく平坦な、しかし有無を言わさぬ言い様であった。

 

 「そろそろカナタ君が狩りから帰ってくるころでしょう? きっとすごいものをとってきてくれるわ」

 

 ちょうどその時、入り口の暖簾をくぐってまだ少年とも呼べそうな年代の青年が入ってくる。

 雑に切った黒髪に瞳の色も黒、そして長い耳をした一.七ミトル(一ミトルは一メートル)ほどの身長でやや細身というヨウセイ族として特に目立った特長のない見た目に、厚手のシャツとズボンの上から要所のみを革の装甲で覆った便利屋としてこれまた特徴のない出で立ちであった。強いて言えば腰と腿の左側のみに取り付けられたポーチがなけなしの個性を主張している。

 

 「な、なに? 二人してじっと見て?」

 

 店舗内に入るなりじと目と困り顔でじっと見つめられるという状況に、たった今入ってきた青年、カナタは冷や汗を浮かべつつ困惑していた。

 

 「見ているのはカナタではなくその袋です」

 

 質問の答えにはなっていないカスミの言葉に、しかしそれで二人の意図を察したカナタは肩に担いでいた大きな袋を土間へおろしながら報告を始めた。

 

 「期待してくれていたようだけど、いつもとたいして変わらないよ。グレートボアの皮と牙が一頭分、あと普通の猪も見つけたから猪の皮と肉。それからついでに見つけた夜露草が十束あるよ」

 

 グレートボアとは魔獣化した猪のことであり、牙も皮も硬化するために武具をはじめとして様々な品へと加工される。

 一方で魔獣化した動物の肉は魔力によって汚染されており、人はそれを食べても魔獣化する訳ではないが体調は崩すので食用にはならない。また、一般的に魔獣化すると元の獣から見た目も変化し、例えばサイズが大型化したものはグレート何某などと呼ばれるようになる。

 こういった呼称はほとんどがホミネス王国を拠点とする冒険者ギルドによってつけられたものが一般化していた。

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