アンゲロス
tokky
アンゲロス家の堕天使
カイロス・アンゲロスが初めて文化記録局の門をくぐった日、
空はひどく白かった。
世界が壊れる前の光は、いつも少しだけ冷たかった。
俺は大きな半島の真ん中辺り、暖かい気候に恵まれた国で生まれた。昔のことはあまり思い出せない。思い出したくない気持ちもある。親父は酷く俺を嫌っていた。そしてお袋も。八人兄弟の五番目、よくお袋もそんなに子どもを産んだものだ。今時、子どもの数が著しく減少している世界で。
だが兄弟は次々に働くために家を出た。稼いで家に金を送る。だが、身分の低い出自では大抵生きていけないものだ。親父は常に俺とお袋を殴った。他の兄弟は大事にして貰えている気がして、かなり僻んでいる。両親も兄弟達も皆金髪で青い目をしていた。俺だけが、明るい茶色の巻き毛で、目の色は青灰色だったのだ。親父はお袋が浮気をして俺を産んだと決めつけていた。だだっ広い半島の真ん中には、流浪の民が歌や踊りをしながら稼いでいた。その中の若い男とお袋が仲良くしているのを目にしたのだ。ワン・ブレス思想で画一的になったはずの小国は、数ある隣の国の宗教、人種、そして身分で弾圧された。
大体、戦争に負けた国は、何百年経っても賤しい民族と言われ続ける。ワン・ブレス思想で平等になったはずが、周辺の国々は、何かしら資源を持っていた。それらを外資が全て奪い、貧乏な国は益々貧乏になった。親父は食えない家についてジメジメと悩んだ挙げ句、お袋が旅芸人の歌や踊りを見学しただけで裏切り者にされてしまった。俺は自分の茶髪が悲しかった。他の兄弟のように金髪であれば。
やがて俺は、家のために稼ぎに出される年齢になった。その頃には親父より背が高く、腕力もあり、もう一方的な暴力に耐えるだけでは無く、親父も畏れるほどになっていた。お袋を守るためには、家を出るわけには行かない。裏通りのガキを集めて、ひったくりや脅迫して金をせびるストリートギャングのトップになっていた。
まともに働いていては生活できない。持っている奴らから奪う。だが、刃傷沙汰は起こさない。すぐに足が付くのだ。特に俺たちの地区では。そして威張れなくなった親父の貧乏や無力と怒りを、お袋に向けさせないように、家に居座って見張る。親だからと無条件に愛したり、従う民族的な繋がり…
だが、ストリートギャングなどいつかは壊れる。裏切り、通報、逮捕、金で釣って釈放、の繰り返し。お袋ももっと抵抗しろよ、と腹も立つ。宗教的な女への差別をあたりまえに受け止めて耐えている。それも一つの依存では無いか。自分のために、生きてみたい。
この国は南の海に面している。故に海からの支配も忍び寄る。内戦と外資。クソにもならない。そのまま口癖は「クソが」になっていた。しかし、海沿いに崩れ落ちて並ぶ白い遺跡は、いまだ多少の痕跡を示す。俺たちの先祖が作ったものたち。夕日を浴びて、幾層もの朱色が重なり合い、青い海と対を成す。やがては消えるであろうこの景観だけが好きだ。遥か東のアスファリアから、不自然に流れてくる濁った空気や水が、さらにこの国を困窮させるであろうことは見えている。
ふいの人影に心がひりついた。俺を狙うギャングの一員か、警察か。しかしどちらでも無かった。この辺りでは多い、褐色肌で、明らかにいろいろな民族の血が入り交じる容貌の男は、国の中で浮いて見えるほど良い服を着て、がっしりしていた。何者なのか。男は、ごきげんよう、と俺に声を掛けた。遺跡が好きですか。私はね、この遺跡が大好きなんですよ。
異世界の住人がタンスの扉から入ってきたような…… 知的な雰囲気の紳士だった。いつもならば、そんな見知らぬ輩は無視するのだが、自分でも不思議なくらい静かな気持ちになって、そうだな。俺はここが好きだよ。でもいつかは浸食されて消えるだろう。と応えていた。よそ者故に、本音が言えたのかもしれない。もう二度と会わないだろうから。
私はトム・ヴァルドと言います。ユニオン・ステラの文化記録局に所属していてね、こういう美しいものを保存する活動をしているんですよ。えらく場違いなことを言う紳士だ。保存も何も、そのうち空爆で国が消えるだろうさ。しかし、紳士は俺のぶっきらぼうな態度を気にも掛けないのか、勝手に喋った。この国は遠い昔、世界に誇れる偉大な文化・文明を築いた。戦争などで消すのは惜しい。別の宗教に攻撃されて消されるのも惜しすぎます。あなたは、カイロス・アンゲロスさん?ユニオンにいらっしゃい。そして文化記録局の一員となって、あなたの国の奇跡を守りませんか。そして遺跡の守護天使になりませんか。ミスターアンゲロス。
俺のことを調べている。その上で誘っている。これは断っても無駄である。とっくに上の方でいろいろ手を回してあるに違いない。逃げられない。賄賂で何もかもが決まる国なのだ。
しかしトムに付いていった。なにやら強制的なスカウトだ。特に失うものもなく、好きなのはこの景観だけだった。ユニオンとやらに行ってみよう。俺の中で何かが変わる予感もする。
その後、各国の紛争地を回るために、言語の習得をし、銃器の扱いの訓練を受けた。もともと運動神経だけは良いのだ。これ以上に酷いところがあるのか確かめたい。そしてこんな所の遺跡まで調べにやってきた余裕に惹かれた。
俺は各地を転々と旅して、行く先々で出会う同業のレオンと知り合った。俺が欲しくても得られなかった金髪の美青年だった。
了
アンゲロス tokky @tokigawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます