第3話、消えた運命の500円
### 第3話:鉄壁の女教師と、消えた運命の500円
排水溝の前で、山伏慶太は死闘を繰り広げていた。
手に持っているのは、百円ショップで購入した子供用のプラスチック製マジックハンド。
「くそっ、あと少し……! おれの筋肉なら、このくらいの隙間……ッ!」
グイグイとマジックハンドを捩じ込むが、先端のツメが太すぎて、泥まみれの500円玉にあと数ミリが届かない。額からは滝のような汗が流れ、自慢の大胸筋が「カチカチ」と虚しく鳴る。
その時だった。
「あら、見苦しいわね。フィールドの外でそんなに汗をかいて」
カツ、カツ、とアスファルトを叩く鋭い足音。
見上げると、そこには漆黒のスーツを纏った一人の女性が立っていた。
高いヒール、知的で攻撃的な形の三角フレーム眼鏡。その立ち姿は、まるで人気アクションゲームの魔女(ベヨネッタ)か、冷徹な女スパイのようだ。
「あ、あんたは……母校の……数学の鬼、鬼島(きじま)先生!?」
「卒業しても相変わらずね、山伏くん。あなたの人生はいつも計算が合っていない」
鬼島先生は溜息をつくと、胸ポケットから「シャキーン!」と音を立ててアルミ製の伸縮式指棒(指示棒)を取り出した。それは先端が精密なピンセット状に改造された、特製の教鞭(きょうべん)だった。
「見ていなさい。これが『精密(プレシジョン)』よ」
彼女は屈むこともなく、ハイヒールを履いたまま、魔法のような手捌きで指示棒を隙間に滑り込ませた。
一瞬。
泥の中から、ピカリと光る500円玉が、まるで彼女に吸い寄せられるように地上へと帰還した。
「ああっ! おれの運命が!」
慶太が手を伸ばした瞬間、先生は長い脚を鮮やかに翻し、コインを指先でキャッチした。
「これは『落とし物』として没収よ。授業料の追試分だと思って諦めなさい」
「えっ、ちょっ……! それおれのだぜ!? おれの就職先を決める大事な500円……!」
「自分自身の進路を500円に預けるような男には、このコインは重すぎるわ」
鬼島先生は、慶太の抗議など風に流すかのように、モデルのようなウォーキングで去っていく。夕日に照らされた長い脚が、無情にも遠ざかっていく。
「ちょっと! 返してくれよ! せめて……せめて表か裏かだけでも教えてくれーーー!」
春の公園に、慶太の悲痛な叫びが響き渡った。
手元に残ったのは、先端がひん曲がったおもちゃのマジックハンドだけだった。
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### 【編集部視点:第3話感想・講評】
**「力(パワー)の慶太、技(テクニック)の魔女」**
第3話にして、慶太の「天敵」とも言えるライバル(?)キャラクターが登場しました。編集部もこの展開には手に汗握りました。
**1. 道具選びから負けている主人公**
500円を取り戻すために100円の道具を買い、結局失敗して500円を奪われる。この「収支が常にマイナス」な慶太の生き様が、今回も遺憾なく発揮されています。筋肉では解決できない「繊細な隙間」という弱点を突いた絶妙なシチュエーションです。
**2. 新キャラ「鬼島先生」の圧倒的強者感**
ベヨネッタを彷彿とさせるスタイリッシュな女教師。アルミ製の伸縮指棒という、教師ならではの武器(?)を使いこなすあたり、彼女も相当な手練れです。慶太の「暑苦しさ」と先生の「冷徹さ」のコントラストが、物語に深み(と絶望)を与えています。
**3. コインすら失う「究極のどん底」**
前回、内定を二つ失い、今回はついに「運命のコイン」そのものまで他人に奪われるという徹底した転落ぶり。しかし、ここからどう這い上がるのか、あるいは這い上がらずに横に転がり続けるのか。それが「山伏慶太」という男の真骨頂です。
**【総評】**
「もらいわね!」と去っていく先生の後ろ姿に、慶太は何を見たのか。
失った500円は大きいですが、彼が次に手にするのはマジックハンドではなく、もっとマシな知恵であることを編集部は切に願います。(たぶん、また筋肉で解決しようとするんでしょうけど……)
(月刊ダイヤモンドバックス編集部・文責:デスクK)
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