第30話「冬休みの距離」

 冬休みが始まった。

 年末年始、俺は家族と過ごす時間が増えた。大掃除、年越しそば、初詣。毎年恒例の行事をこなしていく。


 ファーティマとは、毎日メッセージのやり取りをしていた。

 でも、会うことはできなかった。


『母が厳しくて、外出を制限されてるの』


 彼女からのメッセージには、そう書かれていた。


『ごめんなさい。会いたいのに』


『気にすんな。仕方ないよ』


『年明けには、きっと会えると思うから』


『わかった。待ってる』


 ライラさんの監視が厳しくなっているらしい。

 クリスマスイブに出かけたことが、何かしら伝わったのかもしれない。


 俺は家にいながら、ファーティマのことばかり考えていた。


 * * *


 大晦日の夜。

 家族で紅白歌合戦を見ながら、年越しそばを食べていた。


「湊、最近元気ないわね」


 母さんが言った。


「そうか?」


「そうよ。何かあったの?」


「別に、何も」


 嘘だった。ファーティマに会えなくて、正直しんどかった。

 でも、家族にそんなことは言えない。彼女のことは、まだ話していなかった。


「彼女でもできたの?」


 母さんが冗談めかして聞いた。


「……」


「あら、図星?」


「違うよ」


「本当に? 最近スマホばっかり見てるじゃない」


 鋭い。母親というのは、なぜこうも勘がいいのだろう。


「友達とやり取りしてるだけだよ」


「ふーん。友達ね」


 母さんは意味ありげに笑った。

 父さんは何も言わず、黙々とそばを食べている。


 俺はスマホを見た。ファーティマからメッセージが来ていた。


『年越しそばって、どんな味?』


『普通のそばだよ。細くて長いから、長寿を願って食べるんだ』


『へえ。私も食べてみたいわ』


『来年、一緒に食べよう』


『約束ね』


 来年。

 その言葉を打ちながら、俺は考えていた。

 来年の今頃、俺たちはどうなっているのだろう。


 * * *


 元日の朝。

 俺は家族と初詣に出かけた。


 近所の神社は、参拝客でいっぱいだった。長い列に並びながら、少しずつ前に進んでいく。


「湊、何をお願いするの?」


 母さんが聞いた。


「内緒」


「つまんないの」


 列が進み、ようやく賽銭箱の前に立った。

 俺は小銭を入れて、手を合わせた。


 ファーティマと、ずっと一緒にいられますように。

 彼女の母親が、俺たちのことを認めてくれますように。


 目を開けると、空は澄んだ青だった。

 冬の冷たい空気が、頬を刺す。


 願いが叶うかどうかは、わからない。

 でも、願わずにはいられなかった。


 * * *


 正月三が日が過ぎ、四日になった。

 ファーティマから連絡が来た。


『明日、少しだけ会えないかしら』


『会えるのか?』


『父がお使いを頼んでくれたの。一時間くらいなら大丈夫』


『わかった。どこで会う?』


『駅前のカフェでいい?』


『了解。何時?』


『午後二時』


 久しぶりに会える。

 それだけで、胸が高鳴った。


 * * *


 翌日、俺は約束の時間より少し早くカフェに着いた。

 窓際の席を確保して、彼女を待つ。


 二時ちょうど、ファーティマが現れた。

 白いコートに、グレーのヒジャブ。頬が冷たさで少し赤くなっている。


「湊」


「久しぶりだな」


「ええ。二週間ぶりくらい?」


「そうだな」


 彼女は向かいの席に座った。

 温かい飲み物を注文して、ほっと息をつく。


「会いたかったわ」


「俺も」


 お互い、同じ気持ちだった。

 二週間。たったそれだけの時間が、とても長く感じた。


「母、まだ厳しいの」


「そうか」


「でも、父が少しずつ説得してくれてる。時間がかかるけど、諦めないって」


「アフマドさんには感謝だな」


「ええ。父がいなかったら、今日も会えなかった」


 ファーティマはカップを両手で包んだ。


「ねえ湊」


「ん?」


「会えない間、何してた?」


「普通に年末年始を過ごしてたよ。大掃除とか、初詣とか」


「初詣? 神社にお参りするやつ?」


「ああ」


「何をお願いしたの?」


 俺は少し照れながら答えた。


「お前と、ずっと一緒にいられますように」


 ファーティマの目が大きくなった。

 それから、ゆっくりと微笑んだ。


「私も、同じことを祈ってたわ」


「祈った?」


「ええ。アッラーに」


 彼女は目を伏せた。


「湊と一緒にいたいって。母にわかってもらいたいって。毎日、お祈りしてたの」


「ファーティマ……」


「神様は違うけど、願いは同じね」


 彼女は俺を見た。


「きっと、届くわよね。私たちの願い」


「届くさ。絶対に」


 俺は彼女の手を取った。

 カフェの中だから、あまり長くは握れない。でも、一瞬だけ。


「諦めないから」


「うん」


「お前の母さんにも、いつか認めてもらうから」


「信じてる」


 * * *


 一時間はあっという間だった。

 ファーティマは時計を見て、残念そうな顔をした。


「もう行かなきゃ」


「そうか」


「ごめんね。もっと一緒にいたかったのに」


「いいよ。会えただけで嬉しい」


 俺たちはカフェを出た。

 外は冷たい風が吹いていた。


「冬休み、もうすぐ終わるわね」


「ああ。学校が始まれば、毎日会える」


「そうね。それだけが救いだわ」


 ファーティマは少し寂しそうに笑った。


「学校では普通に話せるのに、外では会えない。変な関係よね」


「今は仕方ないよ。いつか、変わるさ」


「そうね。いつか」


 駅の改札前で、俺たちは立ち止まった。


「じゃあ、また学校で」


「ええ」


「気をつけて帰れよ」


「湊もね」


 彼女は改札を通り、振り返って手を振った。

 俺も手を振り返した。


 彼女の姿が見えなくなってから、俺は空を見上げた。

 灰色の冬空。雪はもう降っていない。


 会えない時間が、こんなに辛いとは思わなかった。

 たった二週間で、こんなに苦しいのに。


 彼女が帰国したら、どうなるのだろう。

 何ヶ月も、何年も会えなくなったら。


 考えたくなかった。

 でも、いつかは向き合わなければならない。


 残り時間は、確実に減っている。

 一日一日が、貴重な時間だ。


 だからこそ、無駄にしたくない。

 彼女と過ごせる時間を、大切にしたい。


 冬休みはあと数日で終わる。

 三学期が始まれば、また彼女に会える。


 その日を楽しみに、俺は家路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る