第7章:最終リープ・ハッピーエンド

夜が深まり、窓の外は星が瞬く静寂に包まれていた。紗也は机の上に置かれた時計を握り、手のひらに伝わる微かな振動を感じながら深く息を吸った。疲労は全身に重くのしかかる。肩は凝り、頭はぼんやりとして、心臓は今にも破裂しそうに高鳴っている。それでも、紗也の胸の奥には、決して消えない火が灯っていた。


「陽翔…絶対に守る…これが最後の一歩…!」


小さく呟き、紗也は手首の時計に視線を落とした。針の微かな揺れが、まるで未来への道標のように感じられる。過去のリープで感じた恐怖、焦燥、そして安堵――すべての感情が胸の奥で絡み合い、紗也の心を強くしていた。


深呼吸を一度、二度と重ねる。体の奥の緊張を感じながら、意識を時計に集中させる。針が回り始める感覚、世界がわずかに揺れる感覚、耳に響く鼓動――体全体が、時間を巻き戻す瞬間に備えている。


目を閉じた紗也の意識は、事故直前の通学路へ飛ぶ。風が頬を撫で、落ち葉の擦れる音、遠くで車の排気音が微かに混ざる。五感すべてが、紗也の緊張を増幅させる。陽翔が道路の中央で立ちすくみ、わずかに眉をひそめる。その瞬間、紗也の胸の奥が痛く締め付けられた。


「陽翔…今度こそ…!」


腕を全力で伸ばす。車のヘッドライトが目に飛び込み、轟音が耳を打つ。風の匂い、タイヤのきしむ音、排気ガスの匂い――すべてが極限の緊張感を紗也に伝える。体が重く、疲労が全身を包むが、決意がすべてを超えた。


手が陽翔の腕に触れ、ぎりぎりのタイミングで彼を引き寄せる。衝撃の直前、体がわずかに宙に浮いたような感覚が走り、紗也の心臓は止まりそうになる。次の瞬間、車は道路を通過し、陽翔は無事に立っていた。


「紗也…?」


陽翔の声に紗也は涙をこらえきれず、肩を震わせる。胸の奥で長く閉じ込めていた感情が一気に溢れ出し、震える声で答える。


「大丈夫…全部、大丈夫だよ…陽翔…無事でよかった…!」


陽翔の目に安堵と驚き、微かな戸惑いが混ざる。紗也はその表情を見て、胸の奥で何かが解き放たれるのを感じた。疲労と恐怖、焦燥のすべてが、今、幸福感に変わる瞬間だった。


「紗也…どうしてこんなことが…」


陽翔が目を丸くして尋ねる。紗也は微笑みながら、手を握り返す。言葉はいらなかった。行動と表情だけで、紗也の想いは伝わる。守りたいという強い決意、何度も挑戦してきた葛藤、そして彼への深い想い――すべてがこの瞬間に結晶した。


「…ただ、守りたかっただけ…陽翔を、ずっと…」


紗也の声はかすれ、しかし確かな力を帯びている。陽翔は驚きの表情から、やがて優しい微笑みへ変わる。胸の奥で紗也の心は静かに震えた。これまでの試練のすべてが、この瞬間のためだったのだ。


周囲の景色は静かで、風が穏やかに吹き、夕日の光が通学路を染める。すべてが美しく、まるで時間がゆっくりと紗也たちの幸せを祝福しているかのようだ。


「ありがとう、紗也…守ってくれて…」


陽翔が笑顔で手を握り返す。紗也は胸の奥で深く息を吸い、心の中の緊張と疲労が一気に解けるのを感じた。涙と笑顔が同時に溢れ、二人はしばらくそのまま立ち尽くす。


時計の針は静かに回り続けている。しかし、もう時間を戻す必要はない。紗也の決意と勇気、そして陽翔への想いが、二人の未来を守ったのだ。


「これで…終わり…だね…」


紗也は微笑み、陽翔の手を握り返す。陽翔も静かに頷き、二人の間に言葉にできない安心感が流れる。未来はまだ不確かだが、少なくとも今、二人は共にいる。幸福感と安堵が胸の奥で温かく広がる。


夜空を見上げると、星々が静かに輝く。その光は、紗也と陽翔を優しく包み込み、これからの時間を祝福するかのようだった。


紗也の胸の奥には、疲労や不安の残滓はある。しかし、陽翔が無事で、自分が守ることができた喜びが、それを上回る。心の奥で希望がゆっくりと芽生え、未来への一歩を踏み出す力となる。


「陽翔…これからも、ずっと一緒だよ…」


紗也の声は穏やかで確かだ。陽翔も微笑み、二人は肩を寄せ合いながら歩き出す。夕日の光に照らされ、時間の重さや恐怖はすべて過去のものとなった。


未来はまだ続く。しかし、紗也は知っている――どんな困難も、陽翔となら乗り越えられる。守るべき人を守ったその瞬間、紗也の心は確かな幸福に満たされていた。


そして、時計は静かに机の上で針を刻み続ける。もう、時間を戻す必要はない。紗也と陽翔の未来は、今、この瞬間から始まるのだ――。

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時を抱く約束 春馬 @haruma888340

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