第3話
「ティナ、頑張れよ!お前に賭けたからな!」
「貴族の若様なんかに負けんじゃないぞ!」
訓練場の端で勝手な声がする。何でも賭け事にする人たちだ。暇なの?
あれから半刻もしない間に若様のご到着。貴族って色々あって忙しそうだから時間がかかると思っていた。暇なの?
「お前!こそこそと逃げ隠れしやがって、そんなに俺が恐いのかよ。まあ、確かに俺は強」
「じゃあ始めるよ。相手が降参か戦闘不能になったら終了。いいよね」
来ると同時に怒鳴る若様を遮り、開始の合図を出す。審判は貴族の到着とともに訓練場に入って来たギルマスだ。
「おい!今日は精霊の力は使うなよ!」
「分かってます。―ーーエシェ、離れてて」
エシェは姿を現すとギルマスの側に翔んで行った。私には人型のエシェが見えているが、ほとんどの人間には見えないかキラキラとした存在が浮いているように見えているだろう。
「準備はいいな?では始め!」
ギルマスの掛け声に若様がすぐさま動き出した。片手剣を持ち走り寄って跳躍する。身体魔法をかけているのだろう。振り下ろした剣の威力は少年の体格に見合わず重い。
ザンッ!と剣筋によって地面が抉れた。私は若様の振る剣を交えることなく、ヒョイヒョイ避けながら間合いをとる。
「―ーーっ!逃げるな!ふんっ、お前は精霊の力無しでは戦えないようだな。やはり、お前のように弱い者に精霊は勿体無い。俺に寄越せ!」
「うるさいな。ほら騒ぐから息上がってるよ?そろそろいいかな」
森で会った時は魔法を使っていたからもっと魔法を連発するかと思っていたが、どうやら剣の方が得意なようだった。私の場合、剣は持っているが、それを振り回すよりも杖のように魔法の媒体として使用している。もちろん、剣本来の使い方も訓練しているが。
「ウォーターバレット」
私が剣を横に振ると水属性の礫が放たれる。初心者ならば石ころ程度だが、練度が上がれば複数個を連打できる。
私の魔法はエシェに習った。そのため人間が習うような詠唱はない。精霊たちは感覚とイメージで魔法を使う。それをエシェに教えてもらったのだ。技を口に出すだけでもしっかりとしたイメージさえ出来れば、魔法は成立する。
逃げる若様を追うようにウォーターバレットを撃つ。最後の仕上げに足元に打ち込み、若様を転ばせた。
「うっ、くそっ」
「ウォーターボール」
体制を戻し若様がこちらを見た瞬間を狙い、大人の頭ほどもある水球を放つ。高速で迫る水球は若様の顔ギリギリを横切り後ろの壁にドカンッと当たり消滅した。若様は呆然と身動き出来きずにいた。身体から力が抜けたようで尻もちをつく。ハアハアと荒い息をしながら、こちらを驚愕の面持ちで見ている。
「勝負あり!勝者ティナ!」
ギルマスの声に周りで見ていた冒険者たちがワッと歓声を上げた。
「ま、待て!俺はまだ降参していない!」
冒険者たちの歓声に意識を戻した若様が叫ぶ。
「いいえ、貴方は身動き出来ず座り込んだ。そして何よりも貴方は剣を手放した。その時点で貴方の負けです」
ギルマスは、はっきりと口にした。
若様は転んだ拍子に剣を手放し、その剣を拾う前に私は魔法を撃った。若様に当てるつもりは最初から無かったが、懲りずに向かって来るなら剣に魔法をぶつけて手放させるつもりでいた。
「魔獣との戦闘中に剣を離してしまったらどうなるか、分かりますね?だから、貴方の負けです。精霊はティナの物です。諦めて頂きたい」
俯き表情は見え無かったが、誰ともなく頭を下げ、若様はお付きを連れて出て行った。
(ティナ、やったね!)
キラキラをいつも以上に光らせて嬉しさを表すエシェに笑い返す。
「当たり前。エシェは私とずっと一緒よ」
今日は仕事はお休みしようかとエシェと話していると見物していた冒険者たちに声をかけられた。
「ティナ!強くなったなぁ」
「皆ティナに賭けたから意味無ぇぜ」
「俺もだ」
皆で笑いながら訓練場を出て行く。すでに昼を過ぎていたので、お腹も空いてきた。
「今日はもう帰ろう。帰ってカイのパンケーキ食べたい」
(いいね。ハチミツたっぷりで作ってもらう)
エシェとパンケーキの話をしながらギルドを出ると道の向こうからエリアスが走って来た。
「ティナ!聞いたぞ。貴族と決闘だって?!何してるんだ怪我は?無茶なことして―ーー」
「だ、大丈夫だよ。勝ったし、擦り傷ひとつ無いよ。エシェも無事」
どうやら店に来た人に聞いて飛び出して来たらしい。もう成人した身としては、そろそろ子離れしてほしいと思う半面、大事にしてくれる事に嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。大切な家族だ。私も大切な人たちを守りたい。
「帰ろうエリアス。私もエシェもお腹ペコペコなんだ」
(パンケーキ、パンケーキ)
「まったく。あんまり心配させないでよ」
苦笑するエリアスの背中を押して家路を急ぐ。温かな私たちの家に―ーー
目の前にいる心配性な保護者二人のお小言を聞きながら、山盛りのパンケーキを食べる。
はいはい、分かったを繰り返しながらも私の目はパンケーキに向かっている。二人は深いタメ息を付いてから私の頭をグリグリと撫で回した。少し照れ臭いけどこのグリグリが私は好きだった。何となく、私自身をちゃんと見ているからなと言われているようだから。
いつか私も子どもを持つかも知れない。その時は同じようにグリグリしよう。
大切なんだよ。の気持ちを込めて―ーー
私と精霊が冒険者になった理由 三毛猫 @mwkta
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