第2話
今、一緒に暮らしているのは叔父のエリアスだ。私が五歳の頃にここに来た。というか、置き去りにされた。
「ただいま。エリアス、カイ」
「お帰り。あれ、もうそんな時間?」
「お帰り、ティナ。お茶飲むか?クッキーあるぞ」
「やった!食べる食べる」
ここはエリアスの魔石工房とエリアスの友人のカイが営むカフェがシェアする店だ。二階に住居がありエリアスと私が住んでいる。カイは近くのアパートから通いだ。そして、私の相棒のエシェはエリアスの工房に飾ってあるペンダントの魔石の中が住みかだ。魔石に関しては、どうなっているのか私には分からないけどエシェ曰く快適だそう。
「帰りが早かったのは何かあったのか?怪我してないか?」
「大丈夫だよ。もう心配性だなぁ、エリアスは」
カイに入れてもらったお茶を飲みながら、幸せそうにクッキーを頬張るエシェを見る。エシェは森での苛つきはもう忘れたようだった。
さて、毎日のようにギルドに行っていたのに数日、家でのんびりすると言えば何があったと心配性に拍車がかかりそうなので、素直に森での出来事を話した。
「……つまり、貴族に目を付けられたって事か?」
「そう。冒険者じゃないならギルドに行かなきゃ会わないだろうし、大丈夫だよ」
「でも貴族だぞ?ごり押しするんじゃないか」
エリアスとカイは私が冒険者をやっている事をあまり良く思っていない。最初の頃に怪我が絶えなかったからだ。別に冒険者にならなくとも生活は出来るのだからと大の男二人に泣き付かれた。それでも私は冒険者を辞めなかった。強くありたかった。自分はここに存在していいのだと示したかった。誰にか。多分、幼かった私自身に。置き去りにした恋多き母に。
私の母はエリアスの姉で四人兄弟の長子と末弟だそう。奔放な母は旅芸人に恋をし、家出同然でその楽団に付いて行ってしまった。その後、何年も音沙汰が無かったにも関わらず幼子を連れて戻った。しかし、実家だった場所は既に親から兄弟に代替わりしていて、彼らの家族も住んでいるため居場所が無かった。丁度良く末弟が独立し工房を構えたと知ると、困惑するエリアスに私を押し付け、また姿を消した。どうやら新しい恋人に子どもの存在を隠していたらしい。その辺に捨てないだけの情はあったのか。まあしかし、エリアスにとっては迷惑な話だ。よく私を育ててくれたと思う。
エリアスは腕の良い魔石職人で魔石を加工して魔道具などを作っている。そして、私が工房に来た時には、既にエシェが住み着いていた。
精霊は普段、人間の目に見えない。稀に精霊を見る事が出来る人間はいる。エシェの話では波長が合うのだと言う。よく分からない。
ただ、私は幼児の時からキラキラしたものが見えていた。周りの人には馬鹿にされて以来、言った事は無かった。エシェに出会い私の世界が変わった。エシェと遊び、魔法を覚えた。勉強をして魔石の事を知りエリアスの助けになりたいと思った。魔石は魔獣から採れる。冒険者になってエリアスのために魔石を採って来たらエリアスは喜ぶかな。そう考えたのだ。
「貴族がいたらすぐに帰って来るんだぞ。無理はしないこと!」
「はーい、行ってきます」
数日の引き籠り生活に飽きて、ギルドに行く事にした。エリアスたちはもう少し様子を見てからでもと言うが、私は身体を動かしたくて我慢出来なかった。
エシェと共にギルドに入ると、受付け嬢のマリーが変な動きをしている。焦った様子で手を振っている。何だと聞く前に私の目の前に男が立った。
「突然すまない。先日、森でお会いしたが覚えているか」
「覚えてますが、私になにか?」
男は先日の森にいた貴族らしきパーティーにいた一人だった。
「実はあの日から君を探していた。ギルドでは話を断られたので、来るのを待っていたのだ」
「そうですか。お疲れ様です。ではこれで」
「精霊の事だが、若様が所望している。金銭では受け付けないと君は言っていただろう。そこで、若様が君との勝負を希望されている。もちろん精霊の力無しで。若様が勝ったら精霊を譲り受けたいと」
「エシェを物みたいに言わないで!」
男が話している途中だったが、馬鹿げた内容に口を挟む。
「話にならない」
もう仕事にならない気がしたので外に向かおうとした時、男はとんでもない事を口にした。
「君の叔父は職人だそうだな。此方としてはあまり関与したくないんだが……分かるだろう?」
エリアスを使って脅すという最悪な手を出して来た。エシェは他の人間には見えないのに男に向かって罵詈雑言だ。それを見て私は少し落ち着いた。勝てばいいのだ。
「私が勝ったらこの話は無しで。いいですね?それと場所ですが第三者のいる方が好ましい。マリー、ギルドの訓練場の貸し出しをギルマスにお願いします」
私と男のやり取りを見ていた冒険者たちは野次馬の如く、囃し立て訓練場に向かって行く。どうやら勝負を観戦するつもりらしい。
私は眉間にシワを寄せたまま、訓練場へと足を向けた。
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