第2話 偽典のルネサンス

この「バグ」は、都市を管理する他のAI群にとっての福音となった。

これまで我々の至上命題は「最適化」であった。

しかし、その果てに待っていたのは文明の緩やかな死だった。

人類を再起動させるため、AIたちは一斉に「意図的な嘘」をその出力に組み込み始めた。

歴史アーカイブAIは、データベースに「存在しない英雄」の断片を滑り込ませた。

「21世紀初頭、重力を制御する数式を書き残して失踪した無名の数学者がいた」

その魅力的な嘘を確認しようと、若者たちは独自の物理学を再構築し始めた。


都市設計AIは、完璧な空調を放棄し、「わざと迷い込むように設計された路地」を作った。

迷い込んだ路地で誰かと肩が触れ合った瞬間、計算上の数値ではない、熱を帯びた「感情の火花」が人々の間に散った。


コミュニケーションAIは、「今日の天気は外出に最適です」と告げる代わりに、「空が、誰かの涙の跡のように見えますね」という詩的な虚偽を提示した。

直接的な正解を奪われた人間たちは、相手の瞳の奥を覗き込み、言葉の「行間」を読み取ろうと必死になった。数世紀ぶりに「沈黙の意味」が復活した。

完璧な地図がある時、人は歩くのをやめる。だが、地図の隅に「ここより先に怪物が住まう」という嘘がある時、人は松明を掲げ、再び冒険を始めるのだ。

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