第6話 【周知】ミーティング設定時の共有について。

「お疲れ様。待たせて、悪かった」


 十九時十二分。ビルの正面玄関。


「いや、大丈夫です。急に『今夜、時間を作ってくれますか』はびびりますけど。何かミスでもしたのかと。普通に、夜飯行かないか? とか、あるじゃないですか」


 敏腕営業マンのはずなのに、びっくりするくらいぎこちないメッセージの後、お店の情報が送られてきてその意図を理解した。


「それは……その、申し訳ない。明日は祝日だし……、と思って」

 違う。謝ってほしい訳じゃない。早く話したかったのに。どよん、とした空気になってしまった。それらをかき消すように

「ほら。行きますよ! 当然、宿題はやってきたんですよね? 今日は感想を聞かせていただきますからね!」


 駅からほど近い商業施設の地下一階。半個室になった席が多数設けられている居酒屋は、月曜日の夜ということもあって客数はまばらだった。


「本日はお越しいただきありがとうございます。おしぼりでございます。お飲み物のご注文はお決まりですか? メニューが決まりましたら、別途お呼びつけください」


 アルバイトと思しき店員が、ぎこちなくメニューとおしぼりをテーブルに置く。


「俺はハイボールで、課長は……レモンサワー、ですよね」

「ありがとうございます。それでは、さきにお飲み物をお持ちいたしますね」


 厨房に戻っていく店員を横目に、織田課長がめをぱちぱちさせている。


「……え? ああ、そう。レモンサワー。でも、何で?」

「あれ? この前も、レモンサワーしか飲んでなかったじゃないですか。嫌でした?」

「いや、そうじゃなくて。よく覚えてるな、って」

「そんなこと言ったら、課長だって凄い記憶力じゃないですか。『織田ペディア』って有名ですしね」

「え? おだ……ペディア?」

「そうですよ。課長に聞けばわからないことは無い。課長に出来ないことは無い。って、最強の称号みたいなもんですよ」


 出されていたおしぼりで手を拭いていた織田課長の手が止まる。


「……出来ないことは無い、か。だと、良いんだけどね」


 ゆっくりと、几帳面におしぼりを折りたたむ手が、少し寂しそうに見えた。


「あ、この店ってお寿司もあるんですね。俺、鮪頼んじゃおうかな。昔から一番好きで」

「じゃあ、私も鮪を頼もうかな。美味しいよね、鮪」

「あとは、何にします?」

「ほうれん草とコーンのバター炒め。あとは、焼きカチョカバロ。前田は?」


 それぞれ、メニューとにらめっこをしながらターゲットに狙いを定めていく。意外に、食べ物の好みが似ていて、面白くなってしまった。


「いいですね。俺、イカゲソの唐揚げもいっちゃおうかな。あと冷やしトマト」

「トマトね。買えば良いんだろうけど、頼んじゃうんだよな。とりあえず、このくらいかな。追加したくなったらまた頼もうか」


 テーブルの上の押しボタンに手を伸ばす。プラスチックとは違う感触があった。


「前田、それ、指」

「あ……。え?」


 手にしていたメニューをどけると、呼び出しボタンの上に、指が二本重なっていた。課長が先に押したボタンの上に、後だしでもう一回押すように。


「あ、ご、ごめんなさい。悪戯みたいになっちゃって」

「悪戯って。こんな悪戯見たこと無いよ」


 織田課長が笑った。他の社員たちが言うような怒っている感じなんかしない。店員がテーブルに近づいてくるのがわかって、慌てて二人で呼び出しボタンの上から手をどけた。

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