第4話 【注意喚起】離席時の貴重品携行について。

「斎藤社長、迷っていた追加発注を明日メールするから、こっそり先に教えたいんだって電話だったよ。本当にあの人、電話が好きな――」


 織田課長の手からスマホが零れ落ちそうになって、あわあわしながら拾い上げるの姿は、やっぱり普段の完璧超人の姿とは程遠いものだった。

 テーブルの上にちょこん、と座っているピンク色をした猫。


「ごめんなさい。鞄から見えちゃって。でもこれって、課長も、『特務戦士サイキックイレイザー』観てるんですか……?」

「え? あ、それは」

「だってこれ、エスピピャのキーホルダーですよね?」


 二カ月前に放送を終えた『特務戦士サイキックイレイザー』。エスピピャは、そこに登場するマスコットキャラクターだ。


「詳しくは、無いんだけど……その、偶然」

「課長」


 言うべきか、言わないでおくべきか。一瞬迷ったけれども、言わない選択肢は無かった。


「エスピピャ好きとか熱過ぎでしょ! なんでもっと早く言ってくれなかったんですか! ほら、俺のスマホケース見てくださいよ! 俺の最推しなんですからね! エスピピャ、可愛いんだけど強くて、芯があって、初登場の頃はちょっとそっけなかったくせにだんだん仲間たちとの絆で態度が和らいできて、ああ、やっぱり手を取り合って地球を守る仲間たちとの未来のために戦うんだってなってからはもうみんなが認めて、特にほら、最終話で“エンシェントノヴァ”の煌めきが放たれるシーンなんてもう涙涙でしたよね!」


 最悪だ。ヲタク特有の早口の推し語りをしてしまった。織田課長が、固まっている。いや、これは引いている。


「あ、その、可愛いは正義、と言いますか、言われて嫌なことなんて無いのになぁ、なんて……ははは」


 何を言っているのだろう。失敗に失敗を重ねているとしか思えない。


「前田は、私のことが、気持ち悪く、ないのか……?」

「え?」


 恥ずかしそうにもじもじしながら、織田課長は小さい声を発した。いつもは良く通る明朗な声なのに、それが嘘みたいな小さい声だった。


「エスピピャのどこが気持ち悪いんですか! あ、でも三十七話で歌ってたシーンはちょっと音痴でしたけど、それもチャームポイントというか、むしろ可愛いじゃないですか!」

「あ、いや、そうじゃ……なくて。私みたいな、おじさんが――」

「さては課長、初心者ですね? その認識は今すぐ改めてください。特撮は年齢関係無いんです。制作している監督も、スタッフさんも、おじさん達が夢と希望を追い求めて、人々に明るい未来を届けるために必死なんですから」

「……そう、か。ありがとう。前田は、今放送している新シリーズも見てるのか?」

「当然です。『閃光天使ライトニングセインツ』も履修中です。……って、さては、その反応は観てませんね? 観てください。天使たちの尊い生き様を見届けてください。何なら初回から録画してありますので幾らでもお見せします! ほら、スマホ出して!」

「え! あ、はい。どうぞ」

「連絡先を交換しました。途中からでも大丈夫です。感想をお聞きしますので、リアルタイムで視聴が終わったら俺に送ってください。もしくは、口頭でも。方法は問いません。過去回を踏まえて解説します」


 せっかく見つけた特撮仲間を、こんなところでリタイヤさせるわけにはいかない。そう思ったものの、ちょっと勢い余っただろうか。


「あり、がとう。受け入れて、くれて」

「人の好きを否定する権利は、誰にもありませんからね!」


 はにかんだ織田課長は何だか少年のようで、完璧超人のそれとは全然違う表情に、いつもこうしていればいいのに、と思ってしまった。

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