第2話 【周知】管理職は適時配下と1on1を実施してください。

「お疲れ」


 織田課長の面談は、どちらかというとあまり社内で好評では無かった。誰よりも仕事が出来て、抜群の業務知識で、元は圧倒的な実績を誇るトップセールス。上からの信頼も厚く、過去一度の勤怠欠損も無い。豊富な業務知識に、抜群の記憶力は通称『織田ペディア』と呼ばれるほどだ。あ、いや。一点訂正する。織田課長の面談は、社内の男性陣からは好評では無かった。女性社員からは、推し活タイムとして大好評である。


「お、お疲れさまです」


 社内でも右に出る者が無い語彙力と頭の回転の速さ。彼を前にして、緊張しない者が果たしているのかどうか。


「最近は、商談の伸びも、受注実績も好調じゃないか」

「ありがとう、ございます」


 低い声。高身長。俺とは真逆だ。

「残業時間も、この頃は短くなってきて上手くペース配分をコントロール出来てるな」

「あ……はい」

「最近、困った事は無いか? 前田は真面目だから、追い込み過ぎたりしてないか?」

「い、いえ。特には……」

「なら、良かった」


 小さく微笑まれて、目が合う。沈黙。気まずい。困った事なと問われたところで、例え

 本音を言っても、このハイスペック男の前では、そんな事で悩んでいるのか、と笑われてしまいそうだ。


「そう言えば、前田。さっきの研修、どうだった?」

「どうだった、と言われると……難しいですね……」

「難しい、と言うと?」


 織田課長の視線に射抜かれた。

 もしかして試されてる? 俺のコンプライアンス意識を問われてるのかこれは?


「あ、いえ。あの、えっと、昨今の、諸問題においても、企業の、そのコンプライアンス意識と遵守によるところの……いや、その」

「悪い悪い」


 言って、織田課長は小さく笑った。


「抽象的な問いかけをしてしまった。感想を聞きたかっただけだよ」

「感想ですか。……そうですね、大変な世の中になったなぁって感じです」

「大変な世の中ねぇ」

「薄っぺらくてすみません」

「いや、間違ってない」


 穏やかな相槌が、心地よい。あれ、この人、思ってたよりも優しい?


「研修講師、人事の朝倉さんだったろ? あの人、昔からああいう感じなんだよ。ちょっと熱量が前のめりな感じで」

「あ、ああ。そうだったんですか。前からお知り合いなんですね」

「偶ぜ……」


 織田課長の言葉と、お腹の音が同時にミーティングルームに響いた。


「グゥー然って、課長」


 気まずそうにこちらを窺いながら、織田課長は気恥ずかしそうに鼻先を掻く。完璧超人の人間ぽいところを急にいくつも見られて、ちょっと面白い。


「腹減ったな。今日、飯でも行くか? 奢るから」

「良いですよ。あと、さすがに自分の分くらい自分で出すので大丈夫です」


 織田課長がおもむろに、会社の隣の区画の地下街にある、チェーン店に予約の電話をし始めた時、トップエリートだと思っていた相手が自分と何ら変わらない部分があるのだ、とどこか新鮮な気持ちになった。

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